高知県にある「モネの庭」まるでモネの絵の中に入り込んだような静けさと、色とりどりの草花が織りなす優しい空気に満たされています。そんな素敵な庭を育てる“ひとりの女性庭師”がいます。
「手入れをしていないように見せる」という、ちょっと変わった美しさのつくり方。彼女が大切にしているその感覚には、私たちの暮らしにも通じる“見えない優しさ”が込められていたんです。
この記事では、そんな彼女の想いと、「モネの庭」の四季折々の風景をご紹介します。
はじめに
モネの庭とは?—フランスから高知へ受け継がれた美

「モネの庭」とは、フランスの画家クロード・モネが愛したジヴェルニーの庭を再現した庭園です。
実はこの庭、日本の高知県北川村にあるのです。モネが描いたスイレンや太鼓橋、自然のままの風景を模したこの庭は、ただ「見る」だけでなく「感じる」ことができる空間として、多くの人を魅了しています。
美術館のように静かでありながら、花々が風に揺れる音や水のせせらぎに包まれる場所――まさに「生きた絵画」のような庭なのです。
“自然のままに見せる”という芸術的な挑戦
この庭を守り、育てているのは、36歳の女性庭師 町田結香さん。彼女が追い求めているのは、まるで手入れをしていないかのように見せる“自然風景”をつくることです。とはいえ、放っておけば荒れてしまうのが自然というもの。
彼女は「手を入れながらも、手を入れたことが見えないようにする」という、師匠から教わった独特の哲学を胸に、一本一本の枝、ひとつひとつの葉を見極めながら庭と向き合っています。
人工的になりすぎず、でも美しく保たれた景色――それは、誰かのまなざしに気づかれることなく裏で支える、静かな職人技の積み重ねなのです。
1.“庭師”という生き方を選んだ彼女

36歳女性がモネの庭に惹かれた理由
彼女が「モネの庭」に出会ったのは、20代後半の頃。もともとは都会の園芸店で働いていましたが、どこか「与えられた型にはまる」仕事に疑問を感じていたそうです。
そんなとき、偶然訪れた高知県の「モネの庭」で見た一面のスイレン。自然と人の手が見事に調和した景色に、「ここなら、植物と本当の会話ができる」と感じたといいます。
転職というより“移住”に近い形で彼女は高知にやってきました。都会とは比べものにならないほど自然が身近で、朝には鳥の声、午後には土の匂いが風に混ざる生活。庭師として働き始めてからは、毎日が“植物の気持ち”を読み取るような日々でした。
師匠から受け継いだ“見えない手入れ”の哲学
そんな彼女にとって、もっとも大きな転機となったのが、長年「モネの庭」を手掛けてきた先輩庭師 川上裕さんとの出会いでした。その人は、手入れをしてもそれを感じさせない庭づくりを徹底していた職人。たとえば、伸びすぎた枝を切るのではなく、「自然に風が通るように」枝を誘引する。目立つ花を増やすのではなく、「その場に必要な静けさ」を残す。
「派手じゃなくていい。気づかれなくても、庭はちゃんとわかってくれる」という言葉は、今でも彼女の支えになっているそうです。誰かに評価されなくても、植物にとって最善であること――その思いが、毎朝の“目配り”や“手配り”に表れています。
毎日の仕事に宿るこだわりと成長
庭師の仕事は季節ごとの大きな作業だけではありません。雑草を抜き、土の湿り具合を確認し、葉の色づきを観察する…といった、日々の積み重ねが美しい景色をつくります。ときには早朝の雨あがりに落ち葉を拾い、時には夕方まで水辺の手入れを静かに続けることも。
彼女は「毎日同じ場所に立っても、庭の表情は違う」と言います。今日は少し葉がしおれている。昨日より日陰の範囲が広がっている。そんな小さな変化に気づくことで、植物たちと“対話”ができるようになってきたそうです。
自分なりの庭をつくるということは、自分の感覚や哲学を育てることでもある――そんな実感が、彼女の背中をそっと押し続けているのです。
2.季節ごとの風景と植物たち
春—色とりどりの花で訪れる人を迎える庭

モネの庭に春が訪れると、まるで絵の具箱をひっくり返したような鮮やかな風景が広がります。チューリップやパンジー、ネモフィラ、ルピナスなどが次々と花を咲かせ、それぞれが主張しすぎることなく、絶妙なバランスで庭に彩りを添えます。
庭師である彼女は、「“迎え花”のような存在であってほしい」と話します。入口付近に咲く草花には、訪れた人の心をふわっと緩めるようなやさしい色を選び、写真を撮る人が自然と足を止めるような小道も工夫されています。
「春は、庭の第一印象が決まる大事な季節」と言う彼女にとって、準備とタイミングの調整はまさに腕の見せどころです。
夏—水の庭で咲き誇るスイレンの静寂

夏になると、モネの代表作ともいえる「睡蓮」の季節がやってきます。「水の庭」と呼ばれるエリアでは、朝の光を浴びてスイレンが静かに咲き、緑に囲まれた空間がまるで夢の中のような静けさをまといます。
彼女が大切にしているのは、「水と光のコントラストを引き出すこと」。日差しの角度や風の流れによって、同じスイレンでもまったく異なる表情を見せるからです。池の周囲の植物も、スイレンが引き立つよう背丈や葉色を調整して配置されています。
訪れた人が思わずしゃがんで見入るような、そんな“静寂のドラマ”を生み出すのも、毎日の手入れの積み重ねから。水辺は管理が難しく、藻や水草の調整、湿気による劣化対策など見えない努力が詰まっています。
秋冬—色あせても美しい、自然の余白を活かす

秋になると、モネの庭の色彩は一転して落ち着き、穏やかな空気が漂います。
コスモスやセージ、紅葉する樹木が、派手さではなく“深み”で季節を語りはじめます。枯れゆく花や落ち葉の中にこそ、彼女は“美しさの静けさ”を感じていると話します。
「すべてが鮮やかでなくても、心がふっと休まるような景色を残したい」。その言葉どおり、剪定を控えめにしたり、あえて花が終わった姿を残したりすることも。冬に向かうにつれ、庭はよりシンプルな構成に変化していきますが、それでも「ただの休眠期にはしない」のが彼女の流儀です。
たとえば、霜に覆われた葉や、朝露にきらめく細い枝先も、庭の“語り手”として活かされます。花が少ないからこそ、空間の“余白”が際立ち、見る人の心に静かに語りかけるのです。
3.訪れる人に伝えたい“感じる庭”
カメラではなく五感で味わってほしい風景
「モネの庭」を訪れた多くの人が、思わずカメラを構えたくなるほどの美しさに魅了されます。しかし、庭師である彼女が本当に伝えたいのは、“写真では伝わらない感覚”です。たとえば、朝露に濡れた小道を歩くときのしっとりとした空気、草木をすり抜ける風がふと運ぶ香り、鳥のさえずりや水の音に耳を澄ますひととき——これらすべてが庭の一部だと、彼女は語ります。
「カメラを一度しまって、ただ“いる”ことを感じてみてほしい」と彼女。庭に椅子を置いて静かに座っていると、時間の流れさえゆるやかに変わるような感覚になります。日常のあわただしさから少し離れて、五感を解き放つ。その体験こそが、この庭でしか得られない贈り物なのです。
モネの絵と重ねる、見る人それぞれの物語
「モネの庭」という名前から、訪れる人はモネの絵画を思い浮かべながら歩きます。けれども実際の庭には、キャンバスには描かれていない“余白”や“ゆらぎ”が存在します。たとえば、モネが描いたスイレンの池を前にして、「あ、これ絵で見たことある」と感動する人もいれば、「絵よりも静かで、温度がある」と感じる人もいます。
彼女は、そんな“受け取り方のちがい”が庭の魅力だと話します。「同じ庭でも、誰がどこに立って、どんな思いで見ているかで、まったく違う景色になる」。ある母娘がベンチで寄り添いながら会話をしていたり、一人の若者がスケッチブックを広げて無心に描いていたり——それぞれの背景や気持ちが、庭という舞台に溶け込んでいきます。
「庭は生きている」来るたびに違う顔を見せる魅力
彼女がよく口にするのが、「庭は生きている」という言葉です。それは、ただ植物が生長するという意味ではありません。たとえば、同じ季節でも年によって花の咲き方が違ったり、台風や長雨で様子が一変したりすることもあります。でも、だからこそ“その瞬間”にしか出会えない表情があるのです。
彼女自身、何年も同じ庭に立っていても、「あ、今日の光の入り方は特別だな」と感じることがあるそうです。訪れる人もまた、毎年のように足を運び、「今年の秋は深い色合いだった」「去年よりも静かに感じた」と、自分だけの“庭の記憶”を重ねていきます。
そんな風に、庭と人が互いに影響を与えあい、共に変化していく——それこそが、彼女が思い描く「モネの庭」の本質なのかもしれません。
4.モネの庭が高知にある理由。フランス公認の美しい庭は、失敗から生まれた

フランス・ジヴェルニーの感動からすべてが始まった
モネの庭のモデルとなったのは、フランス・ジヴェルニーにある本家「モネの庭」。世界中の人が訪れる、モネの絵画そのもののような庭です。
高知県北川村の職員の方がこの場所を訪れたのは、1990年代のこと。
美しさに心を打たれ、「この感動を日本にも届けたい」と考えたそうです。
ですが、ただマネするだけでは本物にはなれない…。そこで、フランスのモネ財団と何年もかけて交渉し、信頼を築き、ついに1998年、「世界で唯一のモネ財団公認の庭」が誕生しました。
本家と同じ花を植えたけれど、うまく育たなかった
開園当初は、ジヴェルニーの庭と同じ植物をそっくりそのまま植えていたそうです。
たとえば、デルフィニウムやアイリス、バラなど…。でも、フランスとは違って日本は高温多湿。しかも高知は台風も多く、すぐに葉が焼けたり、花が病気になったりしてしまったのです。
「同じ庭をつくるはずが、全然育たない…」
このときの庭師さんたちの苦労は、想像以上だったと思います。
「モネが日本にいたら、どう植えただろう?」という発想
そこで考え方をガラッと変えたそうです。
「フランスの植物を無理に植えるのではなく、モネの感性をまねて、日本の風土に合った花で表現すればいいのでは?」
そうして、たとえば
- アイリスの代わりに日本のハナショウブ
- フランスのバラの代わりに日本の気候に合った品種
- 彩りは“モネ風”に配置しながら、暑さに強い植物を選ぶ
というように、少しずつ植え替えながら、「モネらしさ」と「日本らしさ」のバランスを探っていったのだそうです。
モネの精神を日本の庭に
庭づくりで何より大切にしたのは、「自然に見せること」。
庭師さんたちは、“手入れをしていないように見せる手入れ”を徹底しています。目立つデザインよりも、「風の流れが感じられる」「光が差し込む」「静けさが残る」ような配置にこだわり、派手な演出は控えめ。でも、それがまた心地いいんです。
モネの「自然を愛する気持ち」や「光と影の調和を描く目線」は、日本のわびさびや庭文化にも通じるもの。だからこそ、日本で再解釈された“モネの庭”は、こんなにもやさしく心に染みるのかもしれません。
今のモネの庭は「生きている庭」
現在のモネの庭は、次の3つのエリアに分かれています。
- 花の庭:季節ごとに咲く草花がカラフルで、写真映えもばっちり
- 水の庭:池にスイレンが浮かび、太鼓橋が絵のようにたたずむ
- ボルディゲラの庭:南フランス風の植物が並ぶ、陽気なエリア
どの庭も、季節によってまったく違う表情を見せてくれます。「毎日通っても飽きない」と言うリピーターも多いそうですよ。
まとめ
「モネの庭」は、ただ美しい風景を並べた観光地ではありません。一人の庭師が、師匠から受け継いだ哲学と自身の感性をもって、丁寧に“手入れをしていないように見せる”という繊細な仕事を積み重ねてつくられた、静かな芸術空間です。
春の華やぎ、夏の静寂、秋冬の余白と深み――季節の移ろいとともに庭が見せる表情は、訪れるたびに新鮮で、どこか心に響くものがあります。カメラでは切り取れない風や匂い、水の音、そして空気のやわらかさ。そのすべてが、この庭の魅力です。
「庭は生きている」という彼女の言葉の通り、モネの庭はつねに変わり続け、私たちにもまた、小さな気づきや癒しを届けてくれます。もしあなたが心を少し立ち止めたいとき、何かを感じたいとき――この庭に足を運んでみてください。そこには、言葉にならない“なにか”が、静かに待ってくれているはずです。
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