愛知・名古屋アジア大会のeスポーツ競技「ぷよぷよ」で、一躍注目を集めているのが11歳の栗原悠輝(くりはら・ゆうき)くんです。
小学5年生ながら日本代表として出場し、大人のトッププレーヤーを次々と撃破。
韓国メディアからも「マジであり得ないレベル」と驚きの声が上がり、対戦した韓国代表のカン・ドンシン選手も「噂通りの猛者」「あり得ないレベル」とその実力を高く評価しました。
そして2026年9月26日の決勝では、その期待を上回る結果を残します。
準々決勝を5-0、準決勝を10-1で勝ち上がり、決勝では韓国代表カン・ドンシン選手を10-2で破って金メダルを獲得。11歳3カ月でアジア大会史上最年少の金メダリストとなりました。
いったい栗原悠輝くんとは、どんな小学生なのでしょうか。
調べてみると、驚異的な才能だけでなく、その才能を「教え込む」のではなく、本人の意思を尊重しながら見守ってきた家族との関係も見えてきました。
栗原悠輝くんのプロフィール

| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 名前 | 栗原悠輝(くりはら ゆうき) |
| プレイヤー名 | ゆうき |
| 生年月日 | 2015年6月18日 |
| 年齢 | 11歳(2026年9月現在) |
| 学年 | 小学5年生 |
| 出身 | 東京都 |
| 所属 | 東京ヴェルディeスポーツ |
| 競技 | ぷよぷよeスポーツ |
JOCによると、栗原くんは2015年6月18日生まれ。東京ヴェルディeスポーツに所属するプロ選手です。
2026年にはJeSUの制度変更に伴い、同じ小学生の「きーくん」選手とともに、小学生として初めてジャパン・eスポーツ・プロライセンスを取得しました。
つまり「小学生なのにプロ並みに強い」のではありません。
本当にプロとして認められている小学生なのです。
ぷよぷよを始めたきっかけは母親だった
これほどの選手ですから、
「幼いころから両親がゲームの英才教育をしていたのでは?」
と思ってしまいますが、実際は少し違います。
栗原くんがぷよぷよと出会ったきっかけには、お母さんとのゲームの時間がありました。
もともとお母さんと一緒に「テトリス」を遊んでおり、お母さんがパズルゲームを遊ぼうと「ぷよぷよテトリス2」を購入したことから、栗原くんがぷよぷよに興味を持ったといいます。
6歳のクリスマスごろのことでした。
最初から「プロゲーマーに育てよう」と考えていたわけではありません。
ところが栗原くんは、ぷよぷよの「連鎖」に夢中になります。
気がつくと一人で大きな連鎖を組むようになり、さらに自分から、
「オンラインで対戦してみたい」
と言い出したそうです。
そこで家族は小学1年生の誕生日に、オンラインで対人戦ができる環境を整えました。
ここから栗原くんの才能が一気に開花していきます。
母親が語る「好きなことへの熱量がすごい子」
栗原くんのお母さんは、息子について非常に興味深いことを話しています。
幼いころから何か特別なゲーム教育をしていたというより、
「好きなことを見つけたときの熱量がすごい」
子どもだったそうです。
何かにハマると、とことん集中するタイプ。
そのため「ぷよぷよ」に対する強い熱量に気づいたときも、お母さんは無理に方向づけるのではなく、できるだけ自由に楽しませようと考えたといいます。
この家庭の姿勢は、栗原くんの成長を考えるうえでかなり印象的です。
親が「練習しなさい」と言うのではなく、本人がやりたいと言ったときに環境を整える。
主役はあくまで本人なのです。
負けても親からアドバイスしない
さらに興味深いのが大会で負けたときの接し方です。
普通なら、
「ここが悪かったんじゃない?」
「もっと練習しないと」
と親が口を出したくなるところでしょう。
しかし栗原くんのお母さんは、基本的には余計なアドバイスをしないそうです。
理由について、「子どものほうが、よほどすごい世界で戦っているので、私が余計なことを言う必要はない」と説明しています。
試合後にかける言葉も基本的には「お疲れさま」。
気持ちを切り替えたいときには、一緒に甘いものを食べながら少し話すこともあるそうです。
これは「放任」というより、選手としての本人を信頼しているのでしょう。
11歳とはいえ、競技についてはすでに親より本人のほうが圧倒的に詳しい。
だから技術面には介入せず、家族は精神面や環境面で支える。
プロスポーツ選手の家庭にも通じる考え方なのかもしれません。
優勝したとき母親が涙した理由
2026年2月、「GigaCrysta ぷよぷよグランプリ ファイナル」で栗原くんが年間王者になった際、お母さんが涙を流している姿も見られました。
しかし、母親が一番うれしかったのは「優勝したこと」だけではなかったようです。
決勝の相手は、栗原くんが憧れていた強豪・ともくん選手。
お母さんは、勝ち負け以上に、
憧れていた選手と大きな舞台で戦うという息子の目標が実現したこと
がうれしかったと振り返っています。
試合終了後は「うれしい」より「ホッとした」という気持ちが大きかったとも話しています。
タイトルや賞金よりも、本人が立てた目標をかなえていく過程を見守っていることが伝わるエピソードです。
「プロでい続けてほしい」とも思っていない
もう一つ、お母さんの言葉で印象的なのが将来についてです。
これだけ結果を残せば、
「将来は世界一のプロゲーマーに」
と期待してしまいそうです。
しかし、お母さんの考えは少し違います。
ぷよぷよの選手であり続けること自体を望んでいるのではなく、今後ぷよぷよ以外でも本人が「これをやりたい」と思えるものに出会ったら、そこへ全力で飛び込んでほしいと語っています。
つまり家族が大切にしているのは、
「ぷよぷよで成功すること」
よりも、
「本人が好きなものを見つけ、本気で取り組むこと」
なのでしょう。
栗原くん自身、以前から電車の運転士になりたいという夢も持っているそうです。年間王者になった際にも、その夢はまだ残っていると話していました。
世界トップクラスのゲーマーでありながら、将来の夢は電車の運転士。
そんなところには11歳の少年らしさも感じられます。
小学2年生ですでに全国王者
もっとも、競技歴を見ると「普通の小学5年生」と呼ぶにはあまりにもすごい実績です。
小学2年生だった2023年には「全国都道府県対抗eスポーツ選手権 KAGOSHIMA」の小学生部門で、本大会初出場ながらいきなり優勝しました。
その後も2024年の全国大会小学生部門で優勝。
さらに2025年には小学生部門ではなく、年上の選手も参加するオープン参加の部で優勝しています。
2026年には「GigaCrysta ぷよぷよグランプリ ファイナル」でも優勝。JeSUが紹介する主な戦績を見ても、すでに国内最高峰クラスの選手であることが分かります。
年齢によるカテゴリーの中で強いのではなく、現在は大人を含めてもトップクラスなのです。
韓国代表も「噂通りの猛者」と驚いた
その実力は海外選手にも知られていました。
アジア大会のグループステージで栗原くんと対戦した韓国代表のカン・ドンシン選手は、韓国メディアの取材に栗原くんを「噂通りの猛者」と表現。
日本には長いぷよぷよの歴史があり、多くの強豪がいる中、その選手たちを倒して勝ち上がってきた選手だとして、実力を認めています。
そして9月26日の決勝。
そのカン選手と再び対戦した栗原くんは、10-2という大差で勝利しました。
「11歳だから注目されている」というだけではありません。
実際にアジアのトップ選手を相手に結果を出してしまったのです。
栗原悠輝くんの強さは「才能」だけなのか
11歳でこれほど強いと、どうしても「天才」「神童」という言葉で説明したくなります。
もちろん、ぷよを瞬時に認識し、先の展開を読みながら大連鎖を組み立てる能力には並外れたものがあるのでしょう。
一方、母親のインタビューを読むと、別の一面も見えてきます。
栗原くんは、誰かに練習させられてここまで来たわけではありません。
自分からぷよぷよを始め、自分からオンライン対戦をしたいと言い、大人の強豪にも自分から挑んできました。
家族は先回りして道を決めるのではなく、
やりたいと言ったときには環境を用意し、負けたときには口を出しすぎず、本人に任せる。
そんな距離感で見守ってきました。
もちろん、栗原くんの強さを家庭環境だけで説明することはできません。
それでも、「好き」という気持ちを大人が邪魔しなかったことは、才能が伸びる大きな土台の一つになったのではないでしょうか。
まとめ
アジア大会で世界を驚かせた11歳の栗原悠輝くん。
6歳ごろ、母親と楽しんだパズルゲームから始まった「ぷよぷよ」は、やがて全国大会優勝、プロライセンス、日本代表へとつながり、2026年9月26日にはついにアジア大会史上最年少となる11歳3カ月での金メダルにつながりました。
しかし、その歩みを追ってみると印象に残るのは、華々しい戦績だけではありません。
お母さんが語るのは、「才能があったから特別な教育をした」という話ではなく、本人の好きなことへの熱量を尊重し、必要なときに環境を整え、あとは過度に干渉せず見守ってきたという話です。
勝っても負けても、主役は本人。
そんな家族との関係の中で、「ぷよぷよが好き」という6歳の少年の気持ちが、世界トップクラスの実力へと育っていったのでしょう。
11歳でアジアの頂点に立った栗原悠輝くん。
これからプロのぷよぷよ選手としてどこまで記録を伸ばしていくのか。それとも、いつか話していた「電車の運転士」という別の夢へ向かうのか。
まだ小学5年生です。
だからこそ、その先には驚くほど多くの可能性が残されています。
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