2025年の今、私たちの日常生活ではパソコンやタブレットが当たり前のように使われています。ところが、国の中枢である国会では、それらのデジタル機器が「品位に欠ける」という理由で持ち込み禁止になっていると知って、驚いた方も多いのではないでしょうか。
この記事では、参議院選挙で初当選した政治団体「チームみらい」党首の安野貴博氏がテレビ番組で語った“パソコン持ち込みNG問題”をきっかけに、日本の政治とテクノロジーの関係について、一般市民の視点から深掘りしていきます。国会のデジタル化は本当に進んでいるのか、一緒に考えてみませんか?
はじめに
国会での“持ち込みNG”問題とは?
参議院選挙で初当選したばかりの「チームみらい」党首・安野貴博氏が、テレビ番組『DayDay.』で国会の“ある決まりごと”について語り、視聴者の間に衝撃が走りました。それは、「パソコンやタブレットの国会内への持ち込みが禁止されている」という事実です。
「品位がないから」という理由でPCが禁止されているという安野氏の発言に、司会の山里亮太さんも「えっ!?パソコンだめなんですか?」と驚きを隠せませんでした。
2025年、リモートワークが当たり前になり、タブレットで行政手続きもできるこの時代に、なぜ国会ではデジタル機器の持ち込みが問題視されるのでしょうか。
安野貴博氏の登場で注目集まる“国会のデジタル化”
安野氏は現役のAIエンジニアであり、技術革新の最前線に立つ人物。そんな彼が政治の世界に飛び込んだことで、「国会のアナログ体質」が改めて浮き彫りになりました。
スマートフォンは持ち込めるのに、なぜパソコンやタブレットは“品位がない”とされるのか?
この発言が象徴するのは、単なるルールの奇妙さではなく、日本の国政がどれだけ時代に追いついていないかという問題でもあります。
本記事では、こうした“持ち込みNG”の背景を深掘りしつつ、安野氏の問題提起がもたらす波紋、そして今後の国会のデジタル化に向けた動きについて考えていきます。
1.国会にパソコンが持ち込めない理由とは?
「品位がない」とされるその背景
安野氏が番組で語った「パソコンは品位がないから国会に持ち込めない」というルールは、多くの視聴者にとって初耳だったことでしょう。
たとえばカフェや図書館、さらには役所の窓口でもパソコンやタブレットが自然に使われる時代に、このルールは非常に時代遅れに感じられます。
国会の運営において「品位」を理由に持ち込みを制限する根拠は、議場の秩序を守るという観点からきているようです。
例えば、ガジェットを使用している様子が“仕事をしていないように見える”、“他人に不快感を与える”といった、印象管理の側面が重視されているのです。
しかし、これは「見た目」や「形式」を重んじるあまり、実用性を犠牲にしているとも言えます。
会議中に資料をすぐ検索したり、メモを取ったり、オンラインで確認する手段が使えないというのは、生産性の面でも不利です。
歴史的経緯と現在のルール
このルールの背景には、かつての「紙と口頭」による議論を重視する国会文化があります。
多くの議員が高齢で、デジタルツールを使いこなせない現実も一因です。
こうした文化は慣習として根強く残っており、正式な法令に基づくものというより“前例踏襲”に過ぎない場合が多いのです。
実際、国会の議場内では私語やヤジも飛び交い、ペーパーレスとは程遠い大量の紙資料が今も配布されています。
たとえば、質疑の際には事前に膨大な紙の資料を準備し、机に山積みして持ち込むのが当たり前です。
それが許されて、なぜタブレットでの閲覧がダメなのか――その矛盾が安野氏の発言によって浮き彫りになったのです。
他国の議会との比較
では、他国ではどうなっているのでしょうか。たとえばイギリスの議会では、議員がラップトップを開いてリアルタイムでメモを取りながら発言する姿が当たり前になっています。
アメリカ合衆国でも、議会での電子機器使用はごく自然な風景であり、むしろ効率的な情報収集や発言準備の手段として評価されています。
一方、日本では「タブレットでメモを取る」ことすら、周囲から“非常識”と捉えられる空気が残っており、議場における風景が平成初期とほとんど変わっていないのが現状です。
つまり、安野氏の問題提起は単なる“便利さ”の話ではなく、日本の政治文化が現代の働き方にどう向き合っていくかという、本質的な問いを投げかけているのです。
2.安野貴博氏の主張と問題提起

テクノロジーの専門家としての視点
AIエンジニアとして活躍してきた安野貴博氏にとって、「パソコンやタブレットが使えない」という状況は信じがたいものだったようです。
彼の職業は、まさに最先端の技術と日々向き合うこと。会議ではクラウド資料にアクセスし、議事録は音声入力、同時にSlackやZoomで連携──そうしたデジタル前提の仕事が、国会ではできない。
安野氏は「スマートフォンはOKでパソコンはダメ」といったルールに対して、まっすぐな疑問を投げかけています。
実際、スマホでもメモや録音、資料閲覧は可能であり、その機能差はもはや形式の問題でしかありません。それなのに「品位がない」という曖昧な理由で禁止されることに、合理性を感じないのは当然です。
国会は国民の代表者が集う場所である以上、時代に合った道具を使ってこそ、議論の質も高まります。
安野氏の視点は、「現代の働き方」を政治の場にも持ち込もうとする試みだと言えるでしょう。
国会の現状に対する疑問
安野氏の発言は、単なる不満ではなく「本当にこのままでいいのか?」という素朴な問いでもあります。
デジタル化が進んだ社会で、紙資料をひっくり返しながら議論する国会の姿に、違和感を覚える若い世代も多いはずです。
たとえば、行政ではすでに「デジタル庁」が発足し、マイナンバーカードの普及や各種手続きのオンライン化が進められています。
一方、国会ではPCを開くだけで「品位がない」とされる。このギャップはあまりに大きく、現場を知らない人々のためにルールが作られているのではないかとすら感じます。
安野氏は、「これは技術的な問題ではなく、文化と意識の問題だ」と暗に指摘しています。
これは、単にパソコンを使えるようにするかどうかではなく、政治そのものを現代社会にどう合わせていくのか、という根本的な課題に通じるのです。
「何らかの手段で持ち込みたい」その真意
番組内で安野氏は、「何らかの手段で持ち込みたい」と控えめながらも強い意志を見せました。
これには単なる“ガジェットの持ち込み”を超えた意味が込められているように感じられます。
たとえば、身体に障がいのある議員が補助デバイスを使用することは、当然の配慮として認められています。
同じように、情報処理のスピードや資料管理の面で、パソコンを使うことが合理的である場合、その使用を一律に制限することは時代錯誤ともいえます。
安野氏の「持ち込みたい」という言葉は、単に“許可を求める”だけでなく、“国会の仕組みそのものを変えていきたい”という意思の表れでもあるでしょう。
新しい世代の議員として、彼がどのように既存の常識に挑んでいくのか。その一歩としての問題提起は、今後の議論の出発点となるはずです。
3.国会のデジタル化は進むのか?

スマートフォンは許可されている現実
安野氏の発言の中でも特に注目を集めたのが、「スマートフォンは持ち込みOKだが、パソコンやタブレットはNG」という点です。
つまり、国会において完全に電子機器が排除されているわけではありません。実際、スマートフォンを使用している議員は少なくなく、SNSでの発信やスケジュール確認などに使われているケースもあります。
しかし、ここに大きな矛盾があります。
たとえば、スマホでも簡単に録音や動画撮影、資料閲覧が可能であり、機能的にはノートPCやタブレットと変わらないにもかかわらず、前者は許可され後者は「品位に欠ける」とされる。
これは、「道具の使い方」ではなく「見た目」による判断に過ぎないのではないか、という疑問を呼び起こします。
また、若手議員の中には「スマホの小さな画面では資料が見づらい」「タイピング作業には不向き」といった声もあり、実務面でも支障が出ているのが実情です。
安野氏の問題提起は、こうした“建前と現実の乖離”にも一石を投じるものでした。
デジタル化に対する国会側の姿勢と課題
日本社会全体ではデジタル化の波が着実に進んでいるにもかかわらず、国会だけが取り残されているように見えるのはなぜなのでしょうか。
ひとつには、「国会は伝統と儀礼を重んじる場所」という古くからの意識があると考えられます。
議員の年齢層が高いことも影響しているでしょう。
ある報道では、70歳以上の議員が全体の約2割を占めているともいわれており、日常的にデジタル機器に馴染みがない層が中心となってルールを作っている現実があります。
その結果、「ペーパーレス化」や「オンライン化」などが本格的に進まないまま、従来の“紙文化”に依存した議会運営が続いています。
また、デジタル化の推進にあたってはセキュリティや情報漏えいといった課題も無視できません。
しかし、それらは他国の議会も同様に抱える問題であり、技術的にクリアする方法はいくらでも存在します。要は「やるか、やらないか」の意志の問題ともいえるのです。
今後の議論の行方と安野氏の影響力
安野氏の発言は、ひとつのテレビ番組で語られた内容にとどまらず、SNSやネットニュースを通じて広く拡散され、多くの人々が「そんなバカな」と反応しました。
そのリアクションこそが、まさに国民がこのテーマに関心を持っている証拠です。
今後、国会においてこのような「時代遅れのルール」に対して、見直しの議論が進む可能性は十分にあります。特に若手議員やデジタル庁との連携を通じて、実務ベースでの利便性向上が期待されます。
安野氏がこれからどのように国会改革にアプローチしていくのか──彼が掲げる“チームみらい”という名前にふさわしく、「未来に向けた政治の在り方」を問う存在として、今後の動きに注目が集まります。
まとめ
安野貴博氏の「パソコン持ち込みNG発言」は、単なる一議員の驚きにとどまらず、私たちが当たり前と感じている「デジタル社会」と、国会という場所との間に横たわる大きなギャップを浮き彫りにしました。
「品位がないからダメ」という理由で、今や小中学校でも使われているパソコンやタブレットが排除される──そんな現実に違和感を持つのは、安野氏だけではないでしょう。
スマートフォンが許可されている一方で、より実用的な機器が使えないという矛盾は、国会がどれだけ時代に取り残されているかを象徴しています。
そして、安野氏は「何らかの手段で持ち込みたい」と語るだけでなく、技術者としての視点から国会の仕組みそのものに疑問を投げかけました。
これは単なるガジェット論争ではなく、政治の現場を“働きやすくする”ための第一歩なのかもしれません。
国民の声や視線を受け、今後この問題が真剣に議論されることを願いつつ、安野氏のような新しい視点を持つ議員が、その風穴を開けていくことに期待が高まります。
日本の国会も、未来志向の“アップデート”が求められているのです。
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