2025年、中国・甘粛省蘭州市を起点に、BL(ボーイズラブ)作品を執筆・公開していた女性作家たちへの全国的な摘発が行われました。
今回の事件は、単なるわいせつ物取締りの域を超え、中国の創作文化、女性の表現、そして国家による思想統制の在り方を問う象徴的な出来事となっています。
この記事では、摘発の詳細、中国におけるBL文化の背景、習近平政権下で進行する検閲政策の実態について掘り下げていきます。
全国一斉摘発の背景と経緯
2025年初頭、蘭州市公安局は、BL作品をネット上で公開していた作家たちを全国的に一斉摘発しました。
その対象は主に20代の女性で、学生や若手社会人が中心。蘭州警察は全国20以上の都市で100名以上を取り調べ、一部は蘭州に移送され、刑事拘留されました。
摘発の根拠とされたのは「淫秽物品を制作・頒布し営利を図った罪(中国刑法363条)」。
しかし実際には、収益がごくわずかだった作家や、完全に無料公開していた者も含まれており、法適用の妥当性が国内外で問われています。
ある著名BL作家は懲役4年6カ月、罰金184万元を言い渡され、別の作家は資金難のためにさらに重い5年6カ月の実刑に直面しています。
中には大学合格を取り消され、退学処分となった若者もおり、「人生を小説一つで壊された」と語る声も少なくありません。
BL文化はなぜ若い女性に人気なのか?
中国におけるBL(耽美)文化は、1990年代に日本から紹介され、2010年代以降はネットを通じて急速に拡大しました。
読者の中心は20代女性で、「腐女」というサブカルコミュニティを形成。創作の場としては、台湾の「海棠文学城」や中国本土の「晋江文学城」「長佩」などが知られています。
なかでも海棠文学城は、成人向けBL小説が自由に投稿できることで支持を集め、本土での厳しい検閲を逃れる貴重な場となっていました。
性描写だけでなく、感情や関係性を丁寧に描くBL作品は、女性にとって安心して性的想像力を広げられる空間でもありました。
ある読者は「実写ポルノよりも心理的に罪悪感が少ない」と語り、またある作家は「自分のフェティシズムを受け入れられる居場所だった」と述べています。
BLは単なる性表現ではなく、抑圧された女性の創作・表現の場として機能してきたのです。
習近平政権とBLへの締め付け
習近平政権下では、思想・文化統制が強化され、同性愛やジェンダー表現に関しても厳しい規制が敷かれています。
2016年には同性愛を含む「異常な性関係の描写」がテレビで禁止され、2021年には「中性的男性」を排除するよう通達が出されました。
BL作品は、そうした規範から逸脱したコンテンツと見なされ、今回の摘発もその延長線上にあると考えられます。
実際、同性愛やLGBTQ+関連のイベント・団体が当局の弾圧を受け、大学サークルのアカウント削除、ゲイバーの閉鎖、プライドイベントの中止が相次いでいます。
国家が「健全な文化」「社会主義的価値観」を掲げる一方、創作の自由、表現の多様性が著しく制限される傾向が強まっています。
法律・表現・ジェンダーが交錯する問題
今回の事件を通じて浮き彫りになったのは、「法律の恣意的運用」と「女性の創作に対する差別的な視線」です。
たとえば、実際に性犯罪を犯した加害者よりもBL作家の量刑が重いという矛盾や、男性作家は文化人として称えられるのに、女性作家は犯罪者として扱われるという不公平な構図。
「小説を書いただけで牢屋に入れられる」「これは現代の“文字獄”だ」と批判する声も上がっています。
司法関係者からも、「非営利目的の創作活動まで刑事罰に問うのは憲法で保障された表現の自由に反する」との意見が出ています。
終わりに──私たちはどう向き合うべきか
この問題は、中国国内に限った話ではありません。ネット社会が広がる中で、創作活動や表現の自由が国家や企業の論理によって制限されることは、私たち一人ひとりにも関係するテーマです。
文字を書くこと、物語を紡ぐこと、それによって心が救われる人がいる。その営みが国家の価値観によって抑圧されるとき、私たちは何を守り、何を問い直すべきなのか──。
中国BL作家への摘発は、今を生きる全ての創作者と読者にとって、深く考えるべき問いを投げかけています。
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