「SUPER EIGHT」の横山裕さんが、ラジオ番組で語った“家族との絆”の話が話題になっています。
中学卒業後、進学せずに働き始め、年の離れた弟たちの父親代わりとして支えてきた日々…。弟の夢である税理士という職業を叶えるまでに、どんな苦労があり、どれほどの想いがあったのでしょうか?
本記事では、そんな横山さんの“兄としての覚悟”と“支え続けた愛情”にスポットを当て、ラジオで語られた感動のエピソードをわかりやすくご紹介します。
特に、弟からの初任給で「回らないお寿司」をごちそうされたという涙の瞬間は、多くの人の心に残るはずです。
はじめまして。テレビを見るのが日々の楽しみな、どこにでもいる一視聴者です。このブログでは、心に残った番組の感想や、感動したエピソードを自分の言葉で綴っています。今回は、「SUPER EIGHT」の横山裕さんがラジオで語った“弟との絆”に胸を打たれ、思わず筆を取りました。最後まで読んでいただけたら嬉しいです。
はじめに
横山裕が語った家族との歩み
人気グループ「SUPER EIGHT」のメンバー・横山裕さんが、ニッポン放送のラジオ番組「笑福亭鶴瓶 日曜日のそれ」に出演し、自身の家族について語る場面がありました。特に注目を集めたのは、弟さんの現在の職業や、それに至るまでの兄弟の関係性についての話です。
テレビなどでもたびたび語られてきたように、横山さんは中学卒業後すぐに働き始め、年の離れた異父弟2人の“父親役”としての責任を背負ってきました。
今回の放送でも、「弟も施設に入ってて迎えに行ったりしてましたけど、“兄ちゃんエライな”って言われても普通やったんで」と、当時を振り返っています。誰もが「すごい」と感じるような状況でも、それを“普通”と語る姿に、家族を想う誠実さがにじみ出ていました。
ラジオ番組で明かされた“普通”な兄の感覚
番組パーソナリティの笑福亭鶴瓶さんから、「ご苦労されたじゃないですか」と振られた際にも、横山さんは「当の本人は結構普通で」と語っています。
厳しい環境にありながらも、特別視せずに受け入れてきた日々。それは、弟たちにとって「兄」である以前に、頼れる存在としての役割を果たそうとする自然な姿だったのかもしれません。
こうしたエピソードは、多くのリスナーにとって、芸能人という枠を超えて心に響いたのではないでしょうか。横山さんの「兄としての歩み」は、華やかなステージとはまた別の、静かだけれど確かな努力の積み重ねだったのです。
横山裕プロフィール

- 本名:横山侯隆(よこやま きみたか)
- 生年月日:1981年5月9日(43歳、牡牛座)
- 出身地:大阪府大阪市此花区
- 血液型:A型
- 身長:176 c
🎤 活動経歴
- グループ所属:
2004年にジャニーズ所属アイドルグループ「関ジャニ∞」(現:SUPER EIGHT)としてデビュー。パーカッションやトランペット、ギターなど様々な楽器も担当しています。 - ソロ活動:
「横山YOUがヤっちゃいますコンサート」など、ソロでもライブ活動を実施。 - 俳優としての出演歴:
ドラマでは『拝啓、父上様』(2007)、『ザ・クイズショウ』(2009)、NHK朝ドラ『舞いあがれ!』(2022)などに出演。
映画でも『新宿少年探偵団』(1998)、『天地明察』(2012)など多くの作品に出演。 - 最新出演情報:
2024年春期のドラマ『約束~16年目の真実~』では、香坂慧役としてサスペンスドラマに挑戦。黒髪にイメチェンした姿が話題となりました4。
横山裕さんは、アイドル・俳優として20年以上にわたるキャリアを誇りながらも、地に足のついた温かい人柄が魅力です。今回の記事では、そんな彼が家族や弟への想いを大切に語る姿にも注目していきます!
1.弟のために背負った責任
中卒後すぐに働き始めた理由
横山裕さんが中学卒業と同時に進学ではなく「働く道」を選んだ背景には、家庭の事情が大きく影響していました。
父親が早くに家庭を離れ、母子家庭となった中で、年の離れた異父弟2人を育てるという責任を自然と背負うことになります。
まだ10代の少年だった横山さんにとって、自分の夢や進路を考える余裕よりも、まずは家族を支えることが最優先だったのです。
コンビニでのアルバイトや、建設現場での力仕事など、当時はどんな仕事でも率先して挑戦していたといいます。芸能界に入るきっかけも、単に自分が「やりたいから」ではなく、家族の生活を少しでも安定させるためという現実的な理由が大きかったそうです。
異父弟たちの“父親代わり”としての役割
母親が働きに出ている間、弟たちの面倒を見たり、保育園や施設への送迎をしたりと、横山さんは実質的に「父親役」を務めていました。
芸能活動と家庭の両立は決して簡単ではなく、仕事から帰ってきてご飯を作り、洗濯をして寝かしつける毎日。そうした日々の中で、「兄というより、父親みたいだった」と周囲から言われるのも当然だったのかもしれません。
しかし、本人はその役割を特別なこととは思っていなかったといいます。
「兄ちゃんエライな」と褒められても、「それが普通やったから」と返す横山さんの言葉からは、家族のために“当たり前”を積み重ねてきた強さが感じられます。
「普通だった」と語る日々のリアル
横山さんが繰り返し語る「普通だった」という表現。その言葉の裏には、困難な状況でも自分を大きく見せず、必要なことを淡々とこなしてきた姿があります。
たとえば、弟が施設に預けられていた時期には、自ら車を走らせて迎えに行くなど、日常の一部として自然に兄の役目を果たしていました。
「普通」と言えるのは、それだけ当時の生活を真正面から受け止めてきた証です。
何かを犠牲にしたというより、「そうせなあかんから、そうしただけや」と語る姿勢に、多くの人が心を打たれたことでしょう。
2.弟の夢を支えた兄の覚悟
税理士になるにはお金がかかるという現実
横山裕さんの弟は、現在“税理士”という堅実で難関な職業に就いていますが、そこに至るまでの道のりは決して平坦なものではありませんでした。
税理士の資格取得には、長期間の勉強と繰り返される試験、そして専門学校の学費や教材費など、想像以上にお金がかかります。実際、横山さんは番組の中で「税理士になるって、めちゃくちゃお金がかかりますもん」と本音を漏らしています。
弟さんが夢を追いかける一方で、横山さんは兄として、そして経済的な支え手として、その夢を下支えする存在であり続けました。
自分の収入を家族に還元することは、芸能人という華やかな仕事とは裏腹に、地に足のついた「家族思い」の一面を感じさせます。
試験失敗と支援要請のタイミング
もちろん、夢を叶える過程には苦労もありました。弟さんも何度も税理士試験に挑戦し、そのたびに合格通知が届かず、落胆と不安を味わっていたそうです。
そんな時、弟さんは「兄ちゃん落ちたからお金欲しいねんけど」と、絶妙なタイミングで横山さんに連絡をしてきたといいます。
面白おかしく語られてはいましたが、兄の機嫌を見ながら支援を頼む姿には、弟なりの気遣いと甘えが同居していたのかもしれません。
そしてそれに応じる横山さんもまた、弟の苦労を知っているからこそ、口では文句を言いつつも、応援を止めることはなかったのです。
「売れた兄がいたからこそ」の道のり
ラジオの中で横山さんは、「弟が税理士になれたのは、完全に俺が売れたから」と正直な思いを語っていました。この一言には、兄としての責任感と同時に、弟の夢を叶えられる環境を提供できたことへの誇りもにじんでいます。
もし横山さんが芸能界で成功していなければ、弟が税理士を目指すことすら難しかったかもしれません。
売れるために積み重ねた努力と苦労は、結果として弟の未来にもつながった――そんな家族の絆が、この言葉の奥に詰まっているのです。
3.合格と初任給にこめられた感謝
弟の合格に感じた誇りと喜び
何度も試験に落ち、苦労を重ねてきた弟さんが、ついに税理士試験に合格したという報告を受けたとき、横山裕さんは「めちゃくちゃ嬉しかった」と語っています。
その瞬間、これまでの努力や支え続けた日々が報われたように感じたのではないでしょうか。
「ドヤ顔がエグかった」と笑い交じりに話していたものの、その表情を見たときの誇らしさは、きっと言葉では言い尽くせないほどだったはずです。
ただ「兄として支えた」だけでなく、「家族として一緒に闘ってきた」と実感できる瞬間。横山さんにとっても、弟の合格は自分の人生の中で大きな意味を持つ出来事だったに違いありません。
高級寿司のごちそうに思わず涙
さらに印象的だったのは、弟さんが初任給で“回っていない”高級寿司をごちそうしてくれたというエピソードです。何年も支えてきた兄に、初めての給料で感謝を込めた食事を贈る――それは弟さんなりの「ありがとう」の気持ちだったのでしょう。
「泣きそうになった」と横山さんは語っていましたが、その言葉には本当にたくさんの想いが詰まっていたのだと思います。努力し続けた兄と、夢を諦めず進み続けた弟。
その2人が一緒に食べた寿司の一貫一貫には、きっと家族の歴史が刻まれていたのではないでしょうか。
“ドヤ顔”に隠れた兄弟愛の結晶
弟さんの“ドヤ顔”に対して、横山さんは笑いながらもどこか嬉しそうな表情で振り返っていました。たったひとつの合格通知が、これまでの支え合いを象徴する“証”になったからこそ、その顔が一層印象に残ったのかもしれません。
子どもの頃から支え、見守ってきた弟が、ついに自分の足で立った姿。その喜びは、華やかな芸能の世界のどんな賞よりも、深く胸に響いたに違いありません。
兄弟の絆が確かに実を結んだ――そんな“普通の中の特別”が、このエピソードには溢れていました。
まとめ
今回のラジオ番組で語られた横山裕さんの家族とのエピソードは、表舞台ではなかなか見えない「兄」としての顔を垣間見せてくれるものでした。
中学卒業後すぐに働き始め、弟たちのために人生を捧げるように日々を過ごしてきた横山さん。その背景には、ただの苦労話ではなく、深くて静かな愛情と責任感が流れていました。
税理士を目指す弟を支え続け、何度も試験に落ちても諦めずに援助を続けた姿。そして、ついに夢が実現し、初任給で高級寿司を奢ってもらったという一幕には、兄弟それぞれの成長と感謝が凝縮されていたように思います。
「普通だった」と繰り返し語るその言葉の裏には、どんな困難でも受け入れ、家族のために行動し続けてきた横山さんの生き様が詰まっています。
華やかな芸能界に身を置きながらも、決して忘れなかった原点――それが、弟との絆の中に今も息づいているのです。
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