俳優西田敏行さんは、2024年10月17日に虚血性心疾患により亡くなられました。
突然の訃報に驚いた人も多かったですね。
西田敏行さんの代表作の一つでもある『釣りバカ日誌』ですが、日本テレビで11月3日に西田さんを偲び『釣りバカ日誌20ファイナル」が放送されます。
1988年から2009年まで20作に及ぶシリーズとなった『釣りバカ日誌』では、愛妻のさちこさん役は二人の女優によって演じられています。
ここでは1作目から7作目までのさちこさん、石田えりさんと、その後を引き継いだ浅田美代子さんについて比較検証しています。
映画『釣りバカ日記』概要
「釣りバカ日誌」は1979年から小学館のビックコミックスオリジナルで掲載された漫画が原作です。
作・やまさき十三、画・北見けんいちによる釣り漫画です。
映画やテレビアニメ、実写ドラマ化もされました。
映画『釣りバカ日誌』は1988年、主役の浜崎 伝助(ハマちゃん)に西田敏行。相棒の鈴木 一之助(スーさん)に名優三國連太郎、愛妻の浜崎 みち子(さちこさん)に石田えりを迎えて制作されたのが第1作で、その後2009年までおよそ20年間、20作に及ぶ大シリーズとなりました。
脚本は『男はつらいよ』の山田洋次と朝間 義隆が共同執筆しています。
あらすじ
万年ヒラ社員(営業職)のサラリーマン浜崎伝助。通称ハマちゃんは自他ともに認める「釣りバカ」だ。
ある日、ハマちゃんは偶然知り合った「スーさん」と名乗る初老の男性を釣りに誘った。
釣りの帰りハマちゃんは、孤独であまり裕福にではない老人を労うためスーさんを自宅に招き、愛妻のみちこさんもスーさんを暖かく迎えた。
ところが、実はスーさんはハマちゃんが勤める資産金50億円の中堅ゼネコン会社「鈴木建設株式会社」の社長、鈴木一之助だったのだ!!
ハマちゃんの影響ですっかり釣りにハマったスーさんとの身分を超えた友情を中心に、二人に振り回される周囲の珍騒動が繰り広げられていく・・・。
愛妻みちこさん
山田洋次が脚本を手掛けていますが、『男はつらいよ』では寅さんがマドンナに一目惚れをすることから物語が展開しますが、『釣りバカ日誌』では、ハマちゃんには愛妻のみちこさんがいます。
なので、もっぱら恋愛騒動はスーさんの受け持ちになっています。
みちこさんは大手銀行マンとの縁談が決まっていたにも関わらず、ヒラ社員の伝助(ハマちゃん)を選んだことから父親とは犬猿の仲になっています。
伝助はみちこさんへのプロポーズで「あなたを幸せにする自信はないが、僕が幸せになる自信はある」と言ったとか。
そんな伝助を選ぶみちこさんは明るく包容力のある女性です。
釣りのための出費は惜しまず、出世にも興味がない夫ですから、経済的手腕はみちこさんにかかってきますが、夫婦仲はすこぶる円満!!
就寝時の合体の文字は映画のお決まりになっています。
初代みちこさん 石田えり
1988年の第1作から1994年の第7作(シリーズ1~6とスペシャル)まで、みちこさんを演じたの女優の石田えりです。
石田えりといえば1981年日本アカデミー賞の主演女優賞と新人女優賞を受賞した映画『遠雷』で豊満な肉体を披露した体当たり演技が印象的です。
明るく包容力のあるみちこさんにピッタリですね。健康的な色気とチャーミングな笑顔で人気も高かったですね。
合体!!!の文字が一番にあったとの評判も高いです。
石田えり降板の理由とは?
そんな石田えりが7作目で降板した理由についてはいろいろな噂があります。
私自身はテレビで『釣りバカ日誌」について本人が語っていたのを見たことがあります。
そこで石田えりは「当時はあまりやりたくない役だったのよね。でも、こんなに続くシリーズになるなら続けておけばよかった」とアッケラカンと喋っていました。
1993年にヘアヌード写真集「罪」を発表し、奔放な役が多かったことから「みちこさん」の良妻賢母で夫を支える役に興味を失っていたのかと思っていました。
調べてみると、三國連太郎に言い寄られたのを無視したのが仇となって降板に至ったという噂があるようです。
また、インタビューでは「ギャラも良かったし、現場の雰囲気も良かったので続けたかったけど、だんだん監督の要求が強くなって、役をやるのがつらくなって降板を申し出た」というようなことを語っているそうです。
真相は謎ですが、石田えりのみちこさんファンには根強い人気があるので残念ですね。
石田えりの現在
本名、内田 恵理子(うちだ えりこ)出身は熊本県八代市、1960年〈昭和35年〉11月9日生まれで現在63歳。
こちらが現在の石田えりさんです。
年を重ねても可愛らしい色気は健在ですね。
西田敏行さんの訃報に際し、以下のコメントを述べています。
西田さんとは誕生日が五日しか違わないせいか、黙っていてもツーカーな感じで、
そのまま自然に役になれた気がします。
私の我儘な性格のため、長くは続きませんでしたが、あんなに心安まる楽しい時間はありませんでした。
ありがとうございました。石田えり
2代目みちこさん 浅田美代子
石田えりの後を引き継ぎみちこさんを演じたのは女優の浅田美代子です。
明石家さんまの「さんまのからくりテレビ」での天然キャラでコメディアンヌとして開花しました。
しかし、ある年代以上の方には浅田美代子はアイドルとしてのほうが印象深いのではないでしょうか。
デビュー当時は16歳。可愛いですね☆
1973年人気ドラマ『時間ですよ』でデビュー。
「美代ちゃん」と呼ばれ一躍アイドルとして人気沸騰します。
アイドル全盛期にフォークシンガーの吉田拓郎と結婚しましたが、1984年に離婚しています。
『時間ですよ』で共演した樹木希林(当時 悠木千帆)との師弟関係のような交流は有名ですね。
浅田美代子が『釣りバカ日誌』に出演したのは、1994年シリーズ7から2009年ファイナルの20作までの15作品に及びます。30代半ば、女優としての経験も積み、安定した演技を見せています。
当初は、石田えりの明るく奔放なイメージから違和感がありましたが、すっかりみちこさんとして定着しましたね。
若く清楚なみちこさんですが、シリーズを追うごとに良妻賢母で時にはハマちゃんを叱るしっかり者になっていきました。
なので、みちこさんの若い頃を演じた石田えりさんと比べるのは酷な一面もあるかもしれませんが、ハマちゃんを支え、スーさんの憩いの場を作ったのは紛れもなく浅田美代子のみちこさんでした。
西田敏行さんの弔問に訪れコメントを残しています。
「突然の訃報にただただビックリしています。あの元気ないつも笑顔の浜ちゃんが亡くなってしまうなんて、どう信じたらいいのでしょう。三國さんが亡くなった日に、二人で献杯したね。今日は私一人献杯します。浜ちゃん、お疲れ様でした。そしてありがとうございました。天国で大好きなお酒を思う存分飲んで、そちらにいる仲間と宴会を楽しんでください。合掌 浅田美代子」
まとめ
『釣りバカ日記』は西田敏行さんは長いシリーズとなった代表作の一つですね。
長年、連れ添った愛妻役として石田えりさんも浅田美代子さんも西田敏行さんの訃報に接し、悲しみのコメントと同時に感謝の言葉を述べています。
石田えりさんも浅田美代子さんもそれぞれの魅了で映画を支えてきたのは間違いありません。
若いときの奔放で色気のあるみちこさんも、可愛らしくしっかり者のみちこさんもどちらも素敵です。
西田敏行さんを偲びながら『釣りバカ日誌』で大笑いするのもいいですね。
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