NHKという公共放送が、全国ネットで「消費税は一度下げた経験がある」と伝えたとき、
多くの人が「そんなことあったっけ?」と首をかしげたのではないでしょうか。
発言者は、慶應義塾大学の寺井公子教授。専門家の発言だけに、なおさら信じてしまいそうになります。
でも、それが“事実”なのか、“印象操作”なのか――。
一視聴者の視点で、この問題をじっくり考えてみました。
はじめに
番組『日曜討論』で注目を集めた発言とは
2025年6月放送のNHK『日曜討論』に出演した慶応義塾大学の寺井公子教授が、消費税に関して「一度下げると、今度あげるのに相当な労力がかかる。わたしたちは一度経験したことなので」と発言したことで、大きな波紋が広がりました。この発言は、あたかも日本が過去に消費税を減税した経験があるかのような印象を与えるもので、視聴者の間に「そんな事実はあったのか?」と疑問を生むことに。
番組内では、発言の真偽に対する訂正や補足は行われず、そのまま放送されたため、「NHKが誤情報をそのまま流したのではないか」といった批判も浮上しました。特に、国民生活に大きな影響を与える税制に関する内容であることから、発言の影響力の大きさと番組の責任の重さが問われています。
SNSで話題となった背景と問題提起
この発言に対し、SNSではすぐに反応が広がり、「いつ減税されたの?」「どこの国の話?」「学者として恥ずかしい」など、厳しい声が多く投稿されました。X(旧Twitter)では一時トレンド入りし、「寺井教授」「消費税減税」などのキーワードが急上昇。番組の発言に対する検証記事やまとめも続々と拡散され、議論は加速していきました。
背景には、長年にわたる消費税率の引き上げが国民にとって大きな負担であったこと、そしてこれまで一度も実際に減税されたことがないという事実が存在します。そのため、「一度減税した」という発言が、多くの人にとって歴史を無視したかのように映ったのです。このように、発言の事実性と公共放送の報道姿勢が改めて問われる形となりました。
1.寺井公子教授の発言内容とその影響
慶應義塾大学教授 寺井公子さん
— 毬谷友子 🕊 TOMOKO MARIYA (@mariyatomoko) June 22, 2025
「消費税っていうのは一度下げると、次元に戻すのに相当なエネルギーがかかるっていうのは、私たち経験していることで「
恥ずかしくないのですか?教授ともあろう人が、こんなデタラメを公共の電波で話して
誰かに頼まれたのでしょうか?
pic.twitter.com/gBmwZziMDw
「一度減税した」という発言の要旨
寺井公子教授が『日曜討論』の中で語った「消費税は一度下げると、今度あげるのに相当な労力がかかる。わたしたちは一度経験したことなので」という発言は、多くの視聴者に「日本では過去に消費税が下げられたことがある」という誤った印象を与えました。発言の文脈では、あたかも過去に減税の経験があり、その際に再引き上げが困難だったという前例があるかのような言い回しが使われています。
しかし、日本の消費税は1989年に導入されて以降、3%から5%、さらに8%、10%と段階的に引き上げられてきたものの、減税されたことは一度もありません。教授の発言が「個人の勘違い」なのか、それとも他国の例と混同したものだったのかは不明ですが、発言が公共放送の場でなされたことにより、社会的な影響は大きくなりました。
歴史的事実と発言内容の食い違い
歴史的事実として、日本の消費税は常に「増税」一辺倒であり、減税という方向には動いていません。たとえば、2014年の8%への引き上げ、2019年の10%への引き上げ時には、軽減税率制度が導入されたことで一部食料品などの税率は据え置かれましたが、これは減税ではなく「特例措置」にすぎません。
また、「一度下げたら戻すのが大変だった」というような歴史的経験が存在するのは、日本ではなく、主にヨーロッパ諸国での事例です。例えば、イギリスでは経済危機時に付加価値税(VAT)を一時的に引き下げたことがあり、再引き上げ時に調整の混乱があったことが知られています。
このような事実と教授の発言の食い違いは、発言が無責任だったのではという批判につながっています。また、放送局側も事実確認を行わず、そのまま流してしまったことで、誤った認識が視聴者に広がってしまったのです。
発言が視聴者に与えた印象と波紋
視聴者の中には、「国の税制度について詳しくないが、公共放送が言うならそうなのかもしれない」と思ってしまった人も多かったのではないでしょうか。特に高齢者層や税制に明るくない層にとって、テレビでの学者の発言は「正しい情報」と受け取られやすくなっています。
一方で、税制の経緯をある程度知っている層や、日頃から政治や経済ニュースに関心を持っている層からは、「事実に反している」「この発言を流すNHKも問題」といった声が相次ぎました。SNSでは寺井教授の名前とともに「フェイク」「信用できない」といったワードが並び、発言が単なるミスでは済まされないという空気が生まれています。
このように、たった一つの発言が国民の認識や感情に大きく影響することを改めて示す結果となりました。
寺井公子(てらい きみこ)教授は、慶應義塾大学経済学部の公共経済学・財政学・政治経済学の研究者です。以下に主なプロフィールをまとめました

🎓 学歴・経歴
- 1985年 徳島大学教育学部(英語教育)卒業
- 1998年 東京大学大学院経済学研究科修士課程修了(経済理論専攻)
- 2003年 同博士課程修了、博士(経済学)取得
- 2001〜2002年 東京市政調査会 研究員
- 2002〜2008年 法政大学経営学部 准教授(後に教授)
- 2008〜2012年 法政大学経営学部 教授
- 2012年4月〜現在 慶應義塾大学経済学部 教授
専門分野と研究テーマ
- 公共経済学、財政学、政治経済学を専門とし、特に政府予算の配分や財政赤字の制御に関する研究を行なっています。
- 学術論文も多数執筆し、政策評価や社会保障、金融論、労働経済学など幅広いテーマにも取り組まれています。
教育・出版活動
- 慶應では演習中心の授業(制度・政策論、財政論)を担当し、多くの学生と密に関わる教育姿勢が特徴です。
- 教科書や共著に『私たちと公共経済』(2015年、有斐閣)、『日本の公的医療保険とモラル・ハザード』(2020年)などがあります。
🏫 社会的活動
- 文部科学省や財務省の研修講師を務め、公共政策に関する専門的な研修にも多数携わっています。
- また、国内外の学会や学術誌の編集・査読にも関与し、大学外でもその知見を広く提供されています。
✍️ 人格的特徴
学生や共著者には、「現場的で地道、理論と実践をつなぐ実務者」として高い評価があるそうです。討論番組でも自身の見解を堂々と語り、信念を持って発言するスタイルが印象的です。
2.消費税制度の経緯と日本の減税実績
消費税導入から現在までの推移
日本における消費税は、1989年に竹下登内閣のもとで3%の税率で導入されました。当初は強い反発もありましたが、その後の財政赤字の拡大を背景に、段階的な税率引き上げが進められていきます。1997年には橋本内閣のもとで5%へ、さらに2014年に8%、2019年には10%と引き上げられました。
この間、社会保障制度の維持や高齢化対策を理由に「消費税増税」は政府の基本方針とされてきました。一方で、景気悪化などを理由に増税を延期することはあっても、「税率を下げる」措置は一度もとられていません。つまり、日本の消費税制度は導入以来、一貫して「増税の歴史」であると言えます。
過去に「減税」と言える措置はあったのか
寺井教授の発言が話題となった理由のひとつは、「私たちは一度減税を経験した」という言い方にあります。しかし、前述の通り、消費税率が正式に引き下げられた事実はなく、「減税」と呼べるような政策も実施されていません。
唯一、2019年の10%への引き上げ時に導入された「軽減税率制度」が、特定の品目(主に食料品や新聞)に対して8%の税率を適用する例外措置として存在します。しかしこれは、全体としての消費税の税率を下げたわけではなく、あくまで一部を据え置いたにすぎません。したがって、「国民が減税を経験した」と言えるような事実は確認できません。
加えて、消費喚起を目的とした「ポイント還元制度」や「定額給付金」などが実施された時期もありましたが、これらは消費税自体の税率とは関係のない施策です。こうした点からも、寺井氏の発言内容には大きな誤認があると指摘されています。
他国との比較で見る税制変更の実情
一方で、世界に目を向けると、消費税や付加価値税(VAT)の減税を行った国も存在します。たとえば、イギリスでは2008年のリーマンショック後、景気刺激策の一環としてVATを17.5%から15%へ一時的に引き下げ、数年後に再び元に戻すという措置をとりました。また、コロナ禍ではドイツや韓国なども一時的に税率を下げることで消費を後押しした例があります。
こうした国々では、確かに「減税→増税」という流れが存在するため、「一度下げると戻すのが大変」という実感が政策担当者にあるのかもしれません。しかし、日本ではそうした措置が取られたことはなく、寺井教授の発言が「他国の事例」を参考にした可能性があったとしても、現実の日本の税制とは乖離があります。
このように、他国との比較を通じて見えてくるのは、日本がこれまで一貫して「増税路線」を取ってきたという特殊性です。その事実を踏まえない発言は、視聴者の誤解を招きかねません。
3.NHKと公共放送としての責任
発言訂正がなかったことへの批判
今回の発言に関するもう一つの大きな問題は、NHKが番組中で寺井教授の誤解を招く発言に対して、訂正や補足の対応を取らなかった点です。番組中に司会者や他の出演者が指摘する場面もなく、そのまま進行したことで、あたかもその発言が事実であるかのように印象づけられました。
SNSやネットメディアでは、「NHKは誤情報をそのまま放送した」「公共放送としてのチェック体制が機能していない」といった声が多数あがりました。中には「過去の消費税の歴史を知っていればすぐに気づくはず」「収録形式ならカットすべきだった」と、編集の判断にまで疑問を呈する意見も見られました。
特にNHKは、視聴者から受信料を徴収し、公平・中立な報道を掲げる公共放送であることから、その責任は非常に重いものです。誤解を生むような発言に対して、事後でも公式サイトやSNSなどで訂正・補足を出すなどの対応が求められていましたが、放送直後の段階ではそうした対応は見られず、視聴者の不信感を一層強める結果となりました。
放送内容のファクトチェック体制とは
こうした事態を防ぐために重要なのが、放送前後の「ファクトチェック(事実確認)」の体制です。海外の公共放送機関、たとえばBBCやPBSなどでは、重大な発言や政策に関する言及があった際には、専任のリサーチチームが内容の正確性を検証する仕組みが整っています。
一方、日本の放送業界では、速報性やバランス重視の編集が優先されることも多く、特に討論番組では出演者の意見を尊重する形で進行されがちです。その結果、明らかに事実と異なる発言があっても、「あくまで個人の見解」として処理され、訂正が行われないまま終わるケースが少なくありません。
今回のケースもまさにその典型であり、視聴者の側からは「専門家の発言であれば正確性が担保されているはず」という期待が裏切られた形です。今後の課題として、討論番組においても最低限のファクトチェック機能や、訂正・補足を迅速に行う体制の整備が必要であることが浮き彫りとなりました。
公共放送が信頼され続けるために必要なこと
NHKをはじめとする公共放送が、今後も視聴者に信頼される存在であり続けるためには、まず「正確な情報を提供する」という基本に立ち返る必要があります。そのうえで、間違いや誤解を招く発言があった場合には、たとえそれが出演者によるものであっても、編集・放送の責任として訂正や説明を行う姿勢が求められます。
また、視聴者との信頼関係を築くためには、透明性のある運営や、意見を受け止める窓口の整備も不可欠です。SNSの声に耳を傾け、必要があればオープンな形で説明や対話を試みることも、今の時代のメディアに求められている役割と言えるでしょう。
今回の件は、単なる言い間違いの問題にとどまらず、公共放送という立場であるがゆえの「重み」と「責任」を改めて問う出来事となりました。
まとめ
今回のNHK『日曜討論』での寺井公子教授の発言は、事実と異なる情報が公共の電波を通じて放送されたことで、大きな混乱と不信感を招きました。特に「一度減税を経験した」という表現は、日本の消費税制度の歴史において該当する事実がないにもかかわらず、訂正もなされないまま視聴者に届けられた点が問題視されています。
消費税の導入から今日に至るまで、日本では一度も税率が引き下げられたことはありません。他国には減税措置を取った事例もありますが、それを日本に当てはめて語ることには注意が必要です。そして何より、こうした誤解を招く情報が放送された際に、NHKがファクトチェックや訂正対応を迅速に行わなかったことが、公共放送としての信頼を揺るがす結果につながりました。
今後は、討論番組における出演者の発言に対する事実確認の体制強化や、万が一誤りがあった場合の訂正・補足対応の迅速化が強く求められます。正確な情報の提供は、公共メディアとしての基本姿勢であり、その信頼こそが何よりの財産です。私たち視聴者もまた、メディアから流れる情報を鵜呑みにせず、自ら確認する姿勢がますます重要になってきているのかもしれません。
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