今回の「生活保護基準引き下げが違法」という最高裁の判決がでました。
一方で、SNSやコメント欄には「年金の方が少ないのに」「真面目に働いてる人が生活保護より苦しいのはおかしい」という声もたくさん見かけて…正直、私も共感してしまいました。
今回の問題は、ただの「生活保護」だけではなく、私たちの暮らしや働き方、そしてこの国の経済政策そのものにまでつながっている気がします。制度の仕組みをふり返りながら、いま本当に必要なことは何なのか、一緒に考えてみませんか?
はじめに

生活保護基準引き下げをめぐる近年の経緯
生活保護は、経済的に困っている人が最低限の生活を送るための重要な制度です。
ところが、2013年から2015年にかけて、この生活保護の支給基準が段階的に引き下げられました。厚生労働省は、物価の下落や「支給のゆがみ」を理由に、当時の受給者約200万人に対し、生活費の支給を減らしたのです。
たとえば、ひとり暮らしの高齢者が受け取っていた生活扶助が月数千円単位で減ることもあり、これが生活に大きな影響を及ぼすケースもありました。
こうした引き下げに対し、「生活が苦しくなった」「食費を削らざるを得ない」などの声が多く上がり、各地で訴訟が起こされました。
最高裁判決と厚労省の対応の背景
2025年6月、最高裁判所は「生活保護基準の引き下げは違法」とする判断を示しました。
特に、物価下落を理由とした「デフレ調整」は、適切な根拠や説明が不足していたとされ、国の判断が覆されました。一方で、「ゆがみ調整」については一定の合理性があるとされ違法ではないと判断されています。
これを受けて厚労省は、当時引き下げられた生活保護費を、対象者全員にさかのぼって支給し直すことを検討し始めました。
これには数千億円規模の予算が必要とされ、国会での法整備や与党内の議論も活発になっています。現場の声や社会的な影響を無視できなくなった今、制度のあり方があらためて問われています。
1.生活保護基準引き下げの経緯
2013〜2015年の段階的な引き下げとは
生活保護基準の引き下げは、2013年から2015年にかけて段階的に実施されました。
たとえば、ある都市部に住む母子家庭では、月額で5,000円以上支給額が減ったケースも報告されています。食費や光熱費に直接響くこの減額に、多くの受給者が「生活の質が急に下がった」と訴えました。
厚労省はこの当時、物価が下がっていることや、地域や世帯によって支給額にばらつきがあることを理由に、制度の見直しを進めたと説明していました。
しかし、実際には多くの生活保護受給者が、現実の物価や生活実態とかけ離れた判断だったと感じていたのです。
「デフレ調整」と「ゆがみ調整」の内容
当時の引き下げには2つの理由が挙げられていました。「デフレ調整」とは、物価が下がっているから支給額も下げるという考え方です。
たとえば、スーパーでの食料品の価格が数パーセント安くなっていたことを根拠に、「生活保護費も下げて良い」と判断されたのです。
もう一つの「ゆがみ調整」は、同じような家族構成でも地域や状況によって支給額に差がありすぎるという不公平感を是正するものでした。
これによって、一部の世帯では増額される一方、他の多くの世帯では支給が減らされました。結果的に、ほとんどの受給者が減額の対象となったという実態があります。
当時の受給者数と影響額の推移
この支給基準が適用されていたのは、2013年から2018年までの約5年間です。
当時の生活保護受給者はおよそ200万人にのぼり、その多くが支給額の減額による影響を受けました。厚労省の発表では、2015年度だけで約670億円の支出が削減されたとされています。
しかし、その分だけ多くの人の暮らしが圧迫されていたとも言えます。具体的には、自治体によっては食料の配布支援が急増したり、福祉相談の件数が跳ね上がるなど、社会全体に波紋が広がっていたのです。
2.最高裁判決のポイントと影響

違法とされた「デフレ調整」の論点
2024年6月に出された最高裁の判決では、「デフレ調整」が明確に違法とされました。
判決では、厚労省が物価下落を理由に生活保護基準を下げたことに対し、「十分な検証や合理的な説明がなかった」と指摘されています。
たとえば、実際の物価の変化を正確に反映していなかったり、物価が下がっても生活にかかる固定費(家賃や光熱費など)が下がらないケースが多くあるのに、その点が考慮されていなかったのです。
また、厚労省が根拠としたデータの一部は信頼性に疑問があり、受給者側の実生活と乖離していたことも問題とされました。
実際に裁判で原告となった人々の中には、「物価が下がった実感などなかった」「むしろ医療費や公共料金の負担が重くなった」と証言した人もいます。
こうした現場の声を踏まえ、最高裁は「基準引き下げは生活保護法が保障する生存権を侵害する可能性がある」と判断しました。
合法と判断された「ゆがみ調整」の根拠
一方で、「ゆがみ調整」については違法ではないという判断が下されました。
これは、受給者間での支給額のばらつきを修正するために導入されたもので、「合理的な範囲での見直し」として受け止められたからです。
たとえば、同じような収入や家族構成なのに、都市部と地方で支給額に数万円の差があった場合、それを是正するのは公平性の観点から必要だという考え方です。
この調整によって、地域や世帯構成による不公平がある程度解消されたという評価も一部ではあります。
ただし、この「ゆがみ調整」が実際には支給額の削減に偏って運用されていた点については、今後の制度運用において慎重な見直しが必要だという声も出ています。
判決を受けた厚労省・政府の初動対応
判決を受けて、厚生労働省はすぐに対応の検討に入りました。特に注目されたのは、「原告だけでなく当時の全受給者に追加支給するかどうか」という点です。
すでに政府・与党内では、「全員に補填すべきだ」という声が広がっており、与党議員の中には「最高裁の判断は重い。放置すれば信頼を失う」との発言もありました。
厚労省は、対象者や補填額の精査と並行して、必要となる財源や立法措置の準備も進めており、国会への法案提出も視野に入れています。
実際に追加支給が実現すれば、数千億円規模の予算が必要とされる見込みです。
今後の動きとしては、どこまでの範囲を対象とし、どのように公平かつ迅速に支給を進めるかが大きな焦点となっています。
3.今後の追加支給と制度見直しの課題
追加支給の対象範囲と想定額
最高裁の判決を受け、厚労省は減額された生活保護費を「さかのぼって支給する」方向で調整に入りました。注目されているのは、その対象がどこまで広がるかという点です。
原告だけにとどまらず、2013年から2018年の間に生活保護を受けていたすべての人が対象となる可能性があります。
実際、この時期の受給者数はのべ200万人にのぼり、追加支給の総額は数千億円規模に達すると見られています。
仮に一人あたり月額5,000円の差額を5年間にわたって補填する場合、単純計算で一人あたり30万円前後の支給が必要となります。こうした補填が全国一律に行われるとなると、財政的なインパクトは極めて大きくなります。
また、支給方法や申請手続きについても課題が残ります。自動的に給付されるのか、申請が必要なのか、対象者が亡くなっている場合の取り扱いはどうなるのか——こうした実務的な整備が急がれています。
法案提出の可能性と立法措置の論点
今回の追加支給にあたっては、既存の生活保護法だけでは対応が難しい可能性があり、新たな立法措置が必要とされています。
国会では早ければ今国会中にも関連法案が提出される見込みですが、与野党の議論が紛糾する可能性もあります。
たとえば、「いつまでの期間を対象とするのか」「生活保護以外の支援制度とのバランスはどうなるのか」といった点が争点になりやすく、場合によっては追加支給の条件や額に格差が出るおそれもあります。
過去の事例では、東日本大震災時の被災者支援においても「対象地域の線引き」が問題となり、一部で不公平感が広がったことがありました。
今回のケースでも、「全員に平等に支給されるのか」「特例措置として扱われるのか」という制度設計の違いによって、国民の受け止め方が大きく変わってくると考えられます。
社会保障制度全体への波及と専門家の見解
生活保護基準の見直しと追加支給は、単なる一時的な補填にとどまらず、日本の社会保障制度全体に波及する可能性をはらんでいます。
専門家の中には、「これは生活保護制度そのものの信頼性が問われている」と警鐘を鳴らす声もあります。
たとえば、これまで「自己責任」のもとで生活保護受給に対して厳しい視線が注がれてきた日本社会において、今回の判決は「制度の運用側の責任」を明確に指摘した初のケースといえます。
これにより、他の社会保障制度(年金や医療扶助、障害者支援など)にも再点検の動きが広がることが予想されます。
実際、ある福祉行政の研究者は、「生活保護の引き下げが違法とされたことで、今後は『最低限度の生活』の基準をどう設定するかが大きな論点になる」と語っています。
生活保護だけでなく、国全体の福祉水準の底上げに向けた議論が進むかどうか、今後の動向に注目が集まっています。
まとめ
今回の最高裁判決は、「生活保護基準の引き下げは誰のために、何を根拠に行われたのか」という根本的な問いに対し、明確な警鐘を鳴らすものでした。
特に、物価下落という名目で行われた「デフレ調整」が違法と認定されたことで、行政が福祉政策を設計・運用する際の責任の重さが改めて浮き彫りになりました。
厚労省は現在、原告だけでなく、当時の全受給者に対して追加支給する方向で検討を進めています。
数千億円規模にのぼる可能性のある支給額や、新たな立法措置の必要性など、対応には多くの課題が伴いますが、それ以上に重要なのは「誰一人、制度の不備で取り残さない」姿勢が問われているということです。
生活保護は、困ったときに頼れる最後の砦であり、私たち誰もが当事者になり得る制度です。
今回の問題をきっかけに、制度の透明性や公平性を高める議論が深まり、より安心して暮らせる社会づくりへとつながっていくことが望まれます。
ただ、こうしたニュースを見るたびに感じるのは、まじめに年金を納めてきた人や、毎日働いてギリギリの生活をしている人たちが、生活保護よりも少ない手取りで暮らしている現状です。
「なんで働いている人の方が苦しいの?」という声は、本当にもっともだと思います。
本来は、誰もが普通に働いて、普通に生活できるだけの賃金がきちんと得られる社会が理想のはず。
それが難しい今の状況こそが、経済政策や政治の責任ではないか、とも感じています。
生活保護を責めるのではなく、働く人も支えられる仕組みをどう作っていくか——その視点がこれからもっと必要だと思います。
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