接待行為は、ただの会話や手拍子でもNG?
改正風営法のもと、スナックやバーといったナイトビジネスは、従来よりも厳しいルールの下で営業を強いられています。
「警察に見られていたらアウト」「深夜0時には閉店」「笑顔も気をつけないといけない」――そんな声が現場から上がる今、果たしてこの法律は、現実に合った運用になっているのでしょうか。
今回は、実際に“無許可営業”と判断されてしまったスナック経営者Aさんの体験談を通じて、改正風営法の課題や、現場で起こっている矛盾について掘り下げます。
制度の目的は理解しつつも、「このままでは真面目に営業している店が損をする」という現実に、どう向き合うべきなのか――法律と現場、その間にあるギャップを考えていきます。
1.改正風営法の概要と対象業種

許可制となる店舗と具体的な対象業種
改正風営法では、特定のナイトビジネスが警察の許可制となり、その営業形態が厳しく規制されています。
そもそも風営法とは、適正に営業すれば人々に娯楽を提供する有用な業種であっても、営業方法が不適切だと社会秩序に問題を起こす可能性があるため制定された法律です。
そのため、ホストクラブ・キャバクラ・スナックのようにスタッフが客の相手をする飲食店や、性風俗店、パチンコ店、麻雀店などはすべて営業に許可が必要な対象業種となっています。
具体的には、お客さんを楽しませる接待を伴うお店(男性従業員が女性客をもてなすホストクラブ、女性従業員が接客するキャバクラやスナックといったバー形態)や、個室ビデオ・アダルトショップなどの性風俗関連営業、さらにゲームセンターやパチンコ・麻雀といった娯楽施設まで幅広く含まれます。
こうしたお店は営業開始前に所轄警察署から風俗営業の許可を取得しなければなりません。
もし許可を取らずに営業すれば無許可営業となり、最悪の場合は逮捕や高額な罰金(法人の場合は最大3億円の罰金)といった厳しいペナルティを受ける可能性があります。
要するに、接待を伴う飲食業や性風俗関連ビジネスは法律上「勝手に営業してはいけない業種」として線引きされているのです。
「接待」の定義とNG行為のライン
改正風営法において特に重要なキーワードが「接待」です。法律上の「接待」とは、従業員がお客様のそばに座ったり、一緒に談笑したり、歌を歌ったりしてお客様を楽しませる行為全般を指します。
平たく言えば、単なる飲食物の提供以上に踏み込んでお客様の相手をする行為はすべて「接待」とみなされます。例えば、女性従業員がお客様の隣に座ってお酌をしたり、カラオケで一緒に歌ったり、歌に手拍子を合わせて盛り上げたりするのは接待行為です。また、お客様と長時間会話をして親密な雰囲気を演出することも含まれます。
NG行為のラインは非常に厳格で、許可を取っていない店で少しでもこうした接客サービスを提供すれば「接待を伴う営業を無許可で行った」と判断されかねません。
警察の目から見ると、ほんの雑談やちょっとした気配りでも接待とみなされる場合があります。
そのため無許可で営業するスナックなどは、「お客様の隣に座らない」「一定以上の会話をしない」「カラオケを勧めない」など細心の注意を払って接待と受け取られる行為を避けているのが現状です。
要は、接待行為=許可が必要という絶対ルールがあり、許可のない店はお客様を楽しませるようなサービス自体が法律上できないのです。
営業時間制限と地域差による運用の違い
風営法の許可を取得して正式に接待営業を行う場合でも、営業時間に大きな制限があります。
基本的に接待を伴う風俗営業は深夜0時(午前0時)以降の営業が禁止されています。
多くの地域では真夜中を過ぎた営業はできず、例外的に都市の特定地域など一部では最大で午前1時まで営業可能と認められるところもあります。
しかし、それ以上の深夜営業は全国どこでも許されません。地域によって条例で多少の差があるものの、概ね日付が変わる頃にはお店を閉めなければならないルールとなっています。
例えば、大都市の繁華街では1時間延長が認められているケースがある一方、住宅地に近い地域などではより厳しく深夜0時きっかりで閉店しなければならない場合もあります。
このように営業できる時間に明確な上限が設けられており、許可店であっても夜通し営業することは不可能です。
お客様にとっては「もう少し飲みたい」「夜更けまで楽しみたい」というニーズがあっても、法律上は店側がそれに応えられない仕組みです。
これは経営者にとって大きな制約であり、地域によって若干の違いはあるものの、接待を伴うお店は遅くとも午前1時には営業終了しなければならないという現状があります。
2.スナック経営者Aさんの体験談
無許可営業と見なされた理由とは
改正風営法の施行によって、「接待」と判断されるかどうかの基準はより厳格になりました。
スナックを経営するAさんも、まさにその厳しさに直面した一人です。これまでAさんは、あくまで“深夜営業のバー”として、お客様の隣には座らず、あえて距離を取るようにして営業していました。
セット料金をいただいていても、あくまで会話は最小限、お酒を作る以外のサービスは避けてきたといいます。
しかし、ある日、思いがけない事態が起こりました。体調がすぐれず、店内が空いていたため、カウンターで1席空けて座って休んでいたところ、たまたま警察の立ち入りが入りました。
その場面を「客の隣に座って接待していた」と判断され、警察署へ出頭するよう命じられたのです。
Aさんは「話しかけられたら少し返しただけ」「お酒も飲んでいなかった」と説明しましたが、聞き入れてもらえなかったそうです。
警察からは、「これはもう接待とみなされる」「許可がなければ違法営業」と言われ、以後3回にわたり出頭し、反省文まで書かされることになりました。
つまり、“ただ座って少し話した”だけでも、それが接待と判断されてしまう現実が、改正後の風営法にはあるのです。
接待と誤認された具体的なエピソード
Aさんのケースでは、カウンター内で少しお客様と会話をしただけにもかかわらず、それが「接待」とされました。
たとえば、カラオケで手拍子をしたり、お客様に「何か歌いませんか?」と声をかけたりといった、ごく自然な接客もNGとなります。Aさんは「もう、喋ることすら怖くなった」と話します。
お客様に気を遣わせないよう、スタッフは極力無言で、笑顔も抑え、ただお酒を作って提供するだけ。お客様の目の前に座らず、物理的にも精神的にも“距離をとる”ことが求められる営業スタイルは、まるで“気配を消して存在する”ような感覚だったそうです。
こうした接客制限の中で営業するというのは、スナック本来の魅力――人と人とのふれあいや、温かみのある空間づくり――と真っ向からぶつかります。実際に「以前は常連さんと楽しく過ごせたけれど、今は壁を感じてしまう」という声も、Aさんのお店のお客様から上がるようになりました。
許可取得までの警察とのやりとり
警察からは「次に接待が確認されたら逮捕する」と警告を受け、Aさんは営業の継続を断念。
風営法の許可を取る決意をしました。ところが、許可取得には店内設備の見直し、必要書類の提出、複数回にわたる警察の立ち入り確認など、時間と手間がかかります。
さらには、深夜0時以降の営業は不可能になるため、営業時間も大幅に短縮せざるを得なくなりました。
これまでのように、常連さんが「もう一軒行こうか」と遅い時間に立ち寄ってくれていた売上の多くを失う覚悟を強いられたのです。
加えて、「一緒に飲もう」「カラオケ一曲どう?」といったやりとりも、許可を取っているからといって自由になるわけではなく、「午前0時まで」「席に座るのは可」「ただし、個室は禁止」など、細かいルールに縛られます。Aさんは「ルールを守っても、やっぱり矛盾ばかり」と、現在の制度運用に疑問を抱いています。
このように、現場の声を通じて見えてくるのは、改正された風営法が掲げる“ルールの厳格化”と、実際の営業現場の“温度差”です。
次のセクションでは、Aさんのような許可取得者が直面する「それでも解決しない」現場の矛盾について、さらに深掘りしていきます。
3.現場で起こる矛盾と制度の限界
許可を取っても営業できない深夜帯の壁
Aさんが風営法の許可を取得したことで、接待を堂々と行えるようにはなりました。
しかし、その一方で営業できる時間には明確な制限があります。
許可を得た店であっても、原則として午前0時(地域によっては1時)を過ぎた営業はできません。これは、お客さんの多くが「これからが本番」という深夜帯をターゲットにしているスナック業界にとって、大きな痛手です。
たとえばAさんの店では、仕事終わりの常連客が23時すぎにようやく顔を出し、そこから2〜3時間ゆっくり過ごすことが普通でした。
しかし今は、24時の閉店を見越して「今日はやめとこうかな」と来店を控える人も増えているといいます。Aさんは「夜型の店なのに“深夜営業できない”というルールがあること自体が、矛盾している」と感じています。
感じの悪い店に映ってしまう接客制限
営業許可があるからといって、すべての制限が解除されるわけではありません。
Aさんは「手拍子ひとつ、少し笑って話すだけで“接待”と見なされる恐れがある以上、店内の雰囲気がガラッと変わってしまう」と語ります。
たとえば、常連客がカラオケを始めても、スタッフが一緒に歌ったり盛り上げたりするのは避けなければなりません。
スタッフは後ろに控え、必要なときだけ飲み物を持ってくる。そうした距離のある接客が「冷たい」「感じが悪い」と受け止められ、せっかく来店したお客さんに「なんだか寂しい店だった」と思われてしまうこともあるのです。
「昔ながらの温かい雰囲気のスナック」を期待して来た人ほど、そうしたギャップにがっかりする可能性が高いと言えます。
Aさんも、「警察に怯えて営業するより、いっそ接客をやめて“ただのバー”になった方がマシだと思うときもある」と本音を漏らします。
売上・人件費・法令遵守のジレンマ
ルールを守りながら営業を続けるには、人件費の見直しや営業時間短縮による売上減に対処する必要があります。
ところが、物価上昇や人手不足が続くなか、従業員の賃上げや求人広告費など、経営側の負担はむしろ増える一方です。
Aさんは「許可を取ったからって儲かるわけじゃない。むしろ規制が多すぎて営業しにくくなった」と嘆きます。
実際、午前0時で閉店するため、ピークの時間帯が短くなり、客単価も下がったそうです。それでも「法律に違反すれば即アウト」というプレッシャーのなかで営業を続けるには、赤字覚悟の精神力が必要です。
また、隣の無許可店が堂々と朝まで営業していたり、接待らしき行為をしていても見逃されているのを見て、「真面目にやるほどバカを見る」と感じる瞬間もあるとのこと。
「このままじゃ風営法を守る店が減って、違反しているところだけが生き残るような、歪んだ構図になる」と危機感をにじませていました。
まとめ
今回取り上げたスナック経営者Aさんの事例は、風営法の改正が現場に与えている影響を、非常にリアルに映し出してくれました。
一見すれば「許可を取ってきちんと営業するだけ」と思える制度ですが、実際には接待の定義のあいまいさ、深夜営業の禁止、そして接客制限によって「何をしてもダメ」と感じるほどの行動制約が課されます。
また、許可を取って真面目に営業している店ほど、ルールに縛られて売上を失い、不公平感を抱えながらも制度に従わざるを得ないという、現場のやるせなさも浮き彫りになりました。
一方で、無許可のまま営業を続ける店舗が野放しになっている現状があるとすれば、制度の実効性そのものが問われるべきです。
スナックや小規模飲食店は、地域の人と人をつなぐ社交の場でもあります。行政による規制はもちろん必要ですが、その実施の仕方や現場の実態に即した運用がなされなければ、真面目に働く人たちの足かせになるばかりです。
これから風営法とどう付き合っていくか。制度を守るだけでなく、利用する人・運営する人の声にも耳を傾ける視点が、今まさに求められているのかもしれません。
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