参政党が出版した『Q&Aブック 基礎編』に記載された「発達障害など存在しません」という記述について、当事者や専門団体が厳しく抗議している問題を取り上げます。
この発言がなぜ大きな問題となっているのか、そしてどんな影響をもたらしているのか――政治や障害福祉に詳しくない方にもわかりやすく、丁寧にまとめました。
発達障害は医学的にも法律的にも認められた現実です。だからこそ、「存在しない」という一言が、どれほど当事者を傷つけ、社会全体に誤解を広げてしまうのかを、ぜひ一緒に考えてみてください。
はじめに
発達障害否定発言が再燃──政党の主張が波紋を呼ぶ
2022年に出版された『参政党Q&Aブック 基礎編』の中で、「発達障害など存在しません」と断言する一文が含まれていたことが、今になって再び注目を集めています。この発言は、教育や子育ての現場、そして当事者や家族にとって無視できない問題です。発達障害を抱える子どもに対して「普通の教育で問題ない」とする記述もあり、こうした内容が、根拠のない誤解や偏見を社会に広げかねないと懸念されています。
SNSでは「これは差別だ」「現場を知らなすぎる」といった批判が噴出し、支援団体からは「存在を否定された」との声も相次ぎました。発達障害に関する知識や理解が求められる今、政党がこうした発言をすることの社会的影響は計り知れません。
医学と現実に即さない「Q&Aブック」への怒りの声
日本ではすでに、発達障害は医学的に「脳機能の特性による障害」として認められており、診断基準もWHOやアメリカ精神医学会など国際的なガイドラインに基づいています。さらに、2005年には「発達障害者支援法」が超党派の議員によって制定され、学校現場や医療、福祉の分野で支援体制が整えられてきました。
にもかかわらず、政治の場から「発達障害は存在しない」と明言されてしまったことで、すでに支援を受けている家庭や教育関係者の中には強い不安を感じる人も少なくありません。「うちの子は“普通”じゃないのか?」という悩みと向き合ってきた親たちにとって、今回の発言は「全否定」とも受け取れるものであり、怒りと戸惑いが広がっています。
1.参政党「発達障害否定」発言の概要
発端となった書籍『参政党Q&Aブック 基礎編』の内容
この騒動の発端となったのは、2022年に出版された『参政党Q&Aブック 基礎編』という書籍です。この本は、参政党の理念や政策について、一般の人にもわかりやすく伝えることを目的に作られたもので、通販サイトでは「教育」「健康」「国まもり」などの分野についての考え方がQ&A形式で紹介されているとされています。
しかし、その中に「発達障害を持つと判断された子供たちに対して、どのような教育を行うべきか?」という問いに対し、「通常の子供たちと全く同じ教育を行なえば問題ありません。そもそも、発達障害など存在しません」と答える記述があったのです。この発言が、医学的にも法的にも認められている発達障害の存在そのものを否定する内容であるとして、各方面から強い反発を招くことになりました。
「そもそも発達障害など存在しません」という記述
この問題の記述が特に問題視されたのは、単に「発達障害には疑問がある」といった程度ではなく、「存在しない」と断言していた点です。たとえば、学校で特別支援学級に通っている子どもや、診断を受けてサポートを受けている人たちの存在そのものを否定するかのように受け取られました。
現場の教育者や保護者にとっては、この記述はまさに“理解を求めていた相手からの背信”とも言えるものでした。「障害があると診断され、サポートが必要とされている子どもたちは、ただのわがままなのか?」という問いすら突きつけられていると感じた人も多く、SNS上では「今の支援体制が崩れてしまうのでは」と不安の声が広がりました。
書籍編集の経緯と神谷宗幣氏の発言
後日、神谷宗幣代表は自身のX(旧Twitter)で、この書籍の制作について説明を行いました。それによると、同書の原稿は神谷氏のほか、吉野敏明氏や松田学氏らが中心となり、出版社と協議しながら約1ヶ月の突貫作業で編集・出版されたものであったとのことです。神谷氏は「内容に誤りがあったので絶版にした」とし、現在は別の形で編集された『ドリル』版が刊行されていると述べています。
しかし、「世界観は変わっていない」との発言もあり、多くの人がその真意を測りかねています。また、「『あの勢力』という表現が出版社側で加えられた」との説明についても、「責任逃れではないか」との疑問の声が上がりました。結果として、「発達障害は存在しない」とする見解を一度でも公に打ち出したことへの信頼の揺らぎは、今もなお尾を引いています。
2.専門団体・当事者からの反発と根拠
発達障害当事者協会や日本自閉症協会の声明
参政党の発言を受け、最初に声を上げたのが発達障害当事者協会でした。同協会はX(旧Twitter)にて、「当会にも不安の声が届いている」「断じて許すことはできない」と厳しい言葉で抗議。さらに、「発達障害は医学的にも議員立法でも定められた障害です」と明記し、政治的発言によって当事者の権利や尊厳が揺らぐことへの強い懸念を示しました。
続いて、日本自閉症協会も「そもそも発達障害など存在しない」という見解は「まったく間違っている」と明言。世界的な診断基準の存在や、日本における法制度の整備を具体的に挙げながら、「根拠のない主張で当事者や家族を苦しめないでほしい」と呼びかけました。こうした団体の動きは、単なる反論ではなく、社会に正しい理解を求める必死の訴えでもあります。
WHO・DSM・発達障害者支援法などの科学的・法的根拠
そもそも発達障害は、世界保健機関(WHO)の「国際疾病分類」や、米国精神医学会が策定した「DSM(精神障害の診断と統計マニュアル)」において、正式な医学的診断対象として位置付けられています。日本でもこれに準じて、医療現場では発達障害の診断と支援が行われています。
さらに、2005年に成立した「発達障害者支援法」では、発達障害を「自閉症、アスペルガー症候群、学習障害、ADHDなどを含む、脳の働きに関係する障害」と定義し、教育や福祉、雇用の各分野で支援を義務づけています。これは単なる見解ではなく、法的に裏付けされた制度であり、「存在しない」とする主張はこれらすべてを否定するに等しいのです。
当事者や家族が受けた精神的被害とその訴え
発達障害のある子どもを育てている親たちからは、「また偏見がぶり返すのでは」といった声が相次ぎました。例えば、特別支援学級に通う小学生の母親は「ようやく理解の輪が広がってきた矢先に、すべてを台無しにされる思いです」と心境を吐露。大人になってから診断を受けたという当事者からも、「私たちの存在そのものが“嘘”だと言われた気がして苦しい」とSNS上で声を上げる人が増えています。
支援を受ける権利は、生まれ持った特性に対して公平に保障されるべきものです。それを「ないもの」とされれば、医療機関での診断や学校での配慮が後退し、社会からの理解や支援が得にくくなる恐れがあります。今回の発言によって、長年かけて築かれてきた信頼関係が壊される危機感を、多くの当事者と家族が抱いているのです。
3.参政党関係者の釈明とそれに対する反論
松田学氏の釈明と神谷氏の補足説明
参政党前代表の松田学氏は、問題が大きくなった後、自身の過去の発言について釈明しました。X(旧Twitter)などを通じて、「2年前の街頭演説で精神疾患や発達障害の存在を否定するような発言をしたのは、ある論者の主張を紹介したものだった」と説明。そのうえで、「十分な根拠がなかったため、現在はそのような発言をしていない」と釈明しました。
さらに、神谷宗幣代表も書籍の編集過程について補足しました。「Q&Aブック」は短期間で仕上げたものであり、原稿のたたき台は神谷氏や松田氏らが書き、出版社側の編集を経て出版されたと説明。「誤った内容も含まれていたため、すでに絶版にしている」と語り、改訂版にあたる「ドリル」では内容を見直したことを明かしています。
団体側からの「虚偽説明」とする批判
しかし、こうした釈明に対して、発達障害当事者協会は真っ向から反論しました。「これはウソです。書籍の中にしっかり書かれています」とし、松田氏の「紹介しただけ」という説明を事実と異なるものだと指摘。実際に、書籍の一節として「そもそも、発達障害など存在しません」と明記されていることを例に挙げ、「責任逃れではなく、明確な訂正と謝罪を」と求めました。
また、神谷氏の「出版社側が一部表現を加えた」とする言い訳についても、「発言や記述の責任を押し付けている」と厳しく非難されています。これらの批判からは、「誤解」では済まされない実害を受けた人々の怒りがにじみ出ており、単なる言葉の行き違いではない根深い問題が浮き彫りになっています。
絶版・改訂を経ても変わらぬ世界観と世論の動向
参政党は問題となった『Q&Aブック』を絶版とし、内容を刷新した『ドリル』という書籍を出版しましたが、神谷代表は「世界観は変わっていない」と明言しています。この発言に対しては、「中身が変わっていないのであれば、何を反省したのか分からない」と疑問を呈する声も多く見られます。
また、書籍の内容だけでなく、過去の街頭演説やSNSでの発信も含めて「発達障害への不理解」が政党としての体質に根付いているのではないか、という批判も浮上しています。SNS上では「選挙でこの政党を支持していいのか考えたい」という投稿が相次ぎ、支援者の間でも信頼に揺らぎが出てきている様子がうかがえます。
このように、書籍の絶版や釈明だけでは、発達障害当事者や支援者の信頼を回復するには至っていません。「言葉には責任がある」と強く訴える声は今もなお続いており、発言の“後始末”以上に、根本的な理解と姿勢の見直しが求められています。
まとめ
「発達障害は存在しない」という一文が、多くの人々の心を深く傷つけました。この問題が浮き彫りにしたのは、ただの言葉の間違いではなく、障害への理解と配慮がまだ十分ではないという社会の現実です。
書籍を通じた否定発言に対し、発達障害当事者やその家族、専門機関が声を上げたのは、差別に抗うだけでなく、今ある支援制度や共生社会の意義を守るためでした。日本にはすでに、法律や医療体制など多くの枠組みがあり、日々の暮らしの中で多くの人が努力を重ねています。それを「なかったこと」にされてはならないという強い思いが、抗議の根底にあります。
この問題を通じて、私たち一人ひとりが「何を信じ、どう行動するか」が問われています。政治家や著者の発言をうのみにするのではなく、確かな情報に目を向け、周囲の声に耳を傾けることが大切です。そして、誰もが安心して暮らせる社会を守るために、言葉の持つ力と責任を、あらためて考え直す必要があるのではないでしょうか。
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