「家族がいない」「親を呼べない」「誰かにそばにいてほしい」――そんな思いを抱える人たちが、結婚式や謝罪の場で頼る“もうひとつの家族”。
それが「レンタル家族」というサービスです。
一見すると不思議に思えるかもしれませんが、血縁に縛られない“仮想の家族”を求める声は年々増えています。背景には、親子関係の断絶、天涯孤独、精神的な事情など、他人には見えづらい現実があります。
この記事では、レンタル家族の仕組みや実際の現場、依頼者やスタッフの葛藤、そしてそれが与える深い影響について、一般市民の視点から丁寧に掘り下げていきます。「家族とは何か」「つながりとは何か」を改めて問い直す、ひとつのきっかけになれば嬉しいです。
はじめに
「家族」とは何かを問い直す
「家族」という言葉を聞いたとき、どんな顔が思い浮かびますか？血のつながった親や兄弟、あるいは長年一緒に過ごしてきたパートナーかもしれません。しかし今の時代、その「家族」の在り方は多様化しています。
親と疎遠になっている人、家庭内で傷ついた経験がある人、そもそも身寄りのない人もいます。そうした背景のなかで注目されているのが「レンタル家族」というサービスです。
このサービスは、いわば“仮想の家族”を提供するもので、たとえば結婚式の親族役や、謝罪の場での親代わりなど、さまざまな場面で活用されています。
演じるスタッフもまた、ただ立ち会うだけではなく、感情や過去のストーリーまでも事前に打ち合わせ、まるで本物の家族のように振る舞うのです。家族を持つことの意味、必要性、そしてその形について、私たちがもう一度考える時期に来ているのかもしれません。
親族不在の現代社会が求めた「仮想のつながり」
日本では、冠婚葬祭などの節目に“親族の同席”が重視されがちです。
けれど、すべての人が親と良好な関係を築けているとは限りませんし、そもそも家族がいないという人も少なくありません。
実際、「親が服役中で出席できない」「精神的に不安定で顔合わせに呼べない」など、切実な理由でレンタル家族を頼るケースが増えています。
特に東日本大震災の後は、心の傷を抱えた家族の代わりに代理出席を依頼する人が増えたと言われています。「体裁を整えたい」「大切な日を誰かに見守ってほしい」――そんな思いが、この“仮想のつながり”を生み出しているのです。
レンタル家族は、現代の孤独と向き合い、誰かとつながりたいという静かな叫びに寄り添う存在なのかもしれません。
１．レンタル家族というサービスの実態
スタッフの役割と演技力が求められる現場
レンタル家族のサービスを支えるのは、単なる「代役」ではなく、プロ意識を持った“演者”たちです。
母親や父親、兄弟、叔母といった親族役を演じるスタッフは、依頼者と事前に何度も打ち合わせを重ね、名前や職業、家族構成、過去の思い出話まで細かく設定を作り込んでいきます。
たとえば、大迫まゆみさん（仮名）は、60歳からハートプロジェクトのスタッフとして活動を始め、映画やドラマのエキストラ経験を活かし、自然な振る舞いや話し方を身につけています。
「母親らしさ」とは何かを追求しながら、依頼主の希望に沿った“存在”を演じきる必要があります。
当日は相手方の親族や恋人、友人に怪しまれることなく場に溶け込むため、リアリティのある演技が求められます。場数を踏んでいなければ、些細な会話の違和感で“嘘”がバレてしまうのです。
演技力と人間観察力、そして他者への深い共感が問われる仕事だと言えるでしょう。
結婚式や謝罪現場など多岐にわたる依頼内容
レンタル家族の出番は、結婚式の親族役に限りません。最も多いのは「両家の顔合わせ」への代理出席ですが、そのほかにも謝罪、婚約破棄、親族の説得、学校の三者面談、引っ越しの手伝いまで、実に多岐にわたります。
印象的なのは「謝罪」に関する依頼です。不倫がバレた男性が「妻にバレたくないから、謝罪の場に代理の妻を連れていきたい」と依頼することもあります。
また、別れを切り出す勇気がない若者が、スタッフを兄役や親役として同行させ、相手に関係を終わらせてもらうよう仕向けるケースもあるのです。
こうした場面では、相手側の怒りや動揺も強く、現場はかなりの緊張感に包まれます。
場合によっては罵声が飛び交うこともありますが、スタッフは冷静に“その場を乗り切る”技術が求められます。
「恋人に嫌われたい」など依頼者の複雑な心理
一見、便利で助かるように思えるレンタル家族サービスですが、依頼者の心理は複雑です。
たとえばある青年は、恋人からの結婚の申し出に戸惑い、「母親に会わせたい」と言われた際、あえて“性格の悪い母親役”を依頼して、恋人に結婚を思いとどまらせようとしました。
こうしたケースでは、スタッフが単に依頼を受けるだけでなく、依頼者の心情や人生にまで深く関わることになります。大迫さんもその青年に「自分の口で断りなさい」と助言したといいます。
つまりレンタル家族とは、ただの演技や代行ではなく、依頼者の「逃げたい」「つながりが欲しい」といった、内なる葛藤や願いに触れる仕事でもあるのです。依頼者の思いが切実であるほど、スタッフの存在はただの演者ではなく、心の拠り所にもなっていきます。
２．レンタル家族の誕生と広がり
便利屋から進化した代理出席サービスの歴史
レンタル家族という言葉が広く知られるようになる以前、こうしたサービスは「便利屋」の一環として始まりました。
荷物運びや電球交換といった軽作業の中に、「イベントでの付き添い」「代理出席」といった項目が加わるようになり、次第に「親族の代行」というニーズが浮かび上がってきたのです。
その流れを掴んだのが、千葉県野田市にある「ハートプロジェクト」です。代表の市ノ川竜一氏が2000年代後半から一人で親族役を始め、次第に依頼が増える中で「レンタル家族」という名称を定着させていきました。
当初は知人の紹介や口コミが中心でしたが、やがてインターネットを通じて全国から依頼が舞い込むようになり、ビジネスとしての形を整えていったのです。
今では100人以上のスタッフを抱え、全国規模で依頼に対応するまでに成長しました。単なる代理出席ではなく「親として、家族として振る舞う」という演出力と誠実さが、多くの人に求められる時代となったことを物語っています。
「レンタル家族」という言葉の誕生と拡大
「レンタル家族」というインパクトのある名称は、まさにサービスの本質を捉えた言葉です。
借りものの家族、と聞くとどこか冷たい印象を持つ人もいるかもしれません。しかし実際には、その背後にあるのは“誰かに支えてもらいたい”“家族という形をまといたい”という切実な感情です。
市ノ川氏がこの言葉を使い始めたのは、現場で「何と説明すれば伝わるのか」に悩んだことがきっかけだったそうです。代行サービス、代理親族など様々な表現がある中で、「レンタル家族」というストレートな言葉が依頼者の気持ちに一番フィットしたのです。
現在ではテレビやネットメディアでも頻繁に取り上げられ、言葉自体の認知度も高まっています。
とはいえ、社会的な賛否も根強く存在します。「偽物の関係に頼るなんて」「そこまでしないといけないのか」と疑問を抱く声もありますが、それでも依頼が増え続けているという事実が、社会の“本音”を映し出しています。
震災後に急増した顔合わせ依頼の背景
2011年の東日本大震災は、レンタル家族への依頼内容にも大きな影響を与えました。
震災で家族を亡くした人々や、心に深い傷を負った人々が、結婚など人生の大きな節目を迎えるとき、「親の代わりに来てほしい」と依頼するケースが急増したのです。
実際、ハートプロジェクトにも「母が心を病んでしまって出席できない」「親はいるけれど、人前に出られる状態ではない」といった相談が後を絶たなかったといいます。
震災は建物やインフラだけでなく、家族のあり方や人の心にも大きな影響を与えたのです。
レンタル家族というサービスが、単なる“仮想”を超えて「心の支え」として機能し始めたのは、まさにこの時期だったとも言えるでしょう。
表面的な体裁を保つだけでなく、「誰かがそばにいてくれた」「親の代わりに一緒にいてくれた」という記憶が、依頼者にとってどれほど励みになったかは計り知れません。
３．仮想の家族が与える影響
逃避としての依頼とスタッフの葛藤
レンタル家族というサービスは、誰かを“演じる”ことによって成立しています。
けれどその裏側では、依頼者の感情や葛藤が渦巻いており、それに向き合うスタッフもまた心を揺さぶられる場面に立ち会っています。
たとえば、「結婚したくないが自分では断れない」と語った青年に、母親役として“大迫さん”が演じたのは「性格の悪い母親」でした。
依頼者の望むシナリオをこなすことはできても、本当にそれがその人のためになるのか――スタッフは時に、自問自答に直面します。
現実から目を背けたい依頼者に“逃げ道”を提供することが、結果としてその人の成長の妨げになるかもしれない。
そう思いながらも、「それでも誰かがそばにいなければ、この人はもっと孤独になる」と感じて役を演じ続ける。レンタル家族のスタッフにとって、それは演技では済まされない“人間関係”なのです。
謝罪や不倫問題の修羅場に巻き込まれるリスク
レンタル家族の依頼内容の中には、いわゆる“修羅場”と呼ばれるようなシーンもあります。
男女関係のもつれや、不倫の発覚、婚約破棄の謝罪など、感情が激しくぶつかる場面での代理出席は、ただ演じるだけでは済まされない危険もはらんでいます。
実際、市ノ川氏自身も「結婚を解消したい」と依頼された青年に頼まれて兄役として同席した際、相手家族の怒りを一身に浴びたと語っています。
いつ怒鳴られてもおかしくない空気の中で、冷静さと役割意識を保ち続けるには、相当な覚悟と経験が必要です。
また、ある男性からの依頼では、「自分の不倫が相手の夫にバレてしまった。妻には隠したいから、代理の妻を用意して謝罪の場に立ち会ってほしい」という、極めてセンシティブなケースもありました。
無言で睨みつける“代理の妻”がいるだけで、場の空気が変わることもあります。
こうした場に出向くスタッフは、相手の怒りや疑念に真正面からさらされながらも、「その場を壊さない」ことが使命となります。
レンタル家族の仕事は、単なる“なりすまし”ではなく、時に“感情の盾”にもなるのです。
孤独な青年が得た「祝福の記憶」とその価値
一方で、レンタル家族が与える影響には、心を救う力もあります。
大迫さんが演じた役の中でも特に記憶に残っているのは、天涯孤独の青年からの結婚式の依頼でした。
両親を亡くし、親戚からも疎まれながら育った青年が、ようやく人生のパートナーを見つけ、門出を迎える。しかし「式に呼べる身内が一人もいない」という事実に、胸を痛めていたのです。
そんな彼が選んだのが、レンタル家族という選択肢でした。
彼は一人ひとりの“親族役”に、台詞や背景まで丁寧に用意し、自ら練習を重ねて結婚式に臨みました。
その姿は、大迫さんの心にも深く残ったといいます。式のあと、彼とスタッフ全員が涙を浮かべて抱き合い、静かに別れを告げたそうです。
たとえ“仮想の家族”だったとしても、あの日、あの場所で彼が感じた「祝福されている」という実感は、本物だったのではないでしょうか。
その記憶が、今後の彼の人生の糧となる。レンタル家族には、確かに“人の人生に寄り添う力”があるのです。
賛成・肯定的な反応
1. 「救われた」「ありがたかった」という依頼者の声
- 「誰にも頼れなかった自分に手を差し伸べてくれた存在」
- 「あの日、祝福された記憶があるおかげで前を向けた」
- 「親に頼めなかった謝罪の場を無事に終えられた」
→ 現代の“孤独”や“親族不在”という現実を背景に、心の支えとしてレンタル家族を評価する声が多数あります。
2. 「社会のニーズに応じた柔軟なサービス」という評価
- ビジネスとしてもよく考えられており、接客や演技、心理支援の要素まで含まれる総合的なサービスと見なされています。
- 特に高齢者や障がい者の支援にも応用できる可能性を秘めており、福祉分野から注目されることも。
否定・批判的な反応
1. 「偽りの関係に頼るのは不健全」
- 「他人に親を演じさせるなんて、嘘をつくことに慣れてしまうのでは？」
- 「形だけ整えても、結局は孤独から逃げているだけでは？」
→ 本音としては“やむを得ない”と思っていても、感情的に受け入れがたいという人も多くいます。
2. 「商業化された“家族”への違和感」
- 「お金で親を雇うなんて家族の冒涜だ」
- 「人情のフリをしたビジネスにすぎない」
→ 特に高齢層からは、家族の“神聖さ”を壊すものとして否定的に見られる傾向もあります。
中立・揺れる意見
- 「必要な人にとっては救いになるのだから否定しきれない」
- 「依存しすぎなければいいのでは？」
- 「いつか本物のつながりを持てるまでの“仮の支え”なら肯定できる」
→ SNSでは、実体験に触れた投稿をきっかけに「理解が深まった」「考え方が変わった」という声も見られます。
■ 社会の反応を通して見えること
レンタル家族をどう捉えるかは、「家族」や「つながり」に対する価値観の違いを如実に映しています。
昭和的な「血縁こそが家族」という考えに囚われる社会と、令和的な「つながりは自分で選ぶ」という個の時代――その狭間にあるのがレンタル家族です。
今後もこのサービスをめぐる社会の反応は、“家族観の変化”とともに揺れ続けていくことでしょう。
まとめ
レンタル家族というサービスは、単なる「代理」や「代役」にとどまりません。
その本質は、現代社会が抱える孤独や人間関係の希薄さ、そして“つながりたい”という願いを映し出す鏡のような存在です。
顔合わせや謝罪の場に立ち会うという外面的な役割の裏には、依頼者の複雑な心の内や、社会に対する不安が詰まっています。
スタッフは、誰かの「家族」として一日を共にすることで、人の人生に深く関わります。
演じる側にも覚悟が求められ、時に苦しみや葛藤と向き合うことになりますが、その一方で、依頼者の心を救い、希望を灯す瞬間もあるのです。
仮想の家族が現実の絆を超えることもある――そう気づかされるたびに、このサービスの意味は単なる“便利”を超え、人と人との関係性そのものを問い直すものになっていくのではないでしょうか。
レンタル家族は、社会の隙間を埋めるだけでなく、私たちが本当に求めている「つながりとは何か」を考える、きっかけを与えてくれているのです。
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