ハワイで蚊をまく?ボルバキア菌とドローンが守る森と鳥たちの未来

記事内に商品プロモーションを含む場合があります。
スポンサーリンク

ハワイといえば、美しいビーチや豊かな自然が思い浮かびますよね。

でも今、その自然を脅かす“蚊”の問題が深刻化しています。
特に森に生きる希少な鳥たちが「鳥類マラリア」という感染症で命を落としており、かつて50種類以上いたと言われるミツドリの多くが絶滅してしまいました。

そんな危機に立ち向かっているのが、「ボルバキア菌に感染させた蚊をあえて空からまく」という、なんとも意外な取り組み。しかもこの作戦、ドローンを使って森の奥深くまで蚊を届けているというのです。

ハワイで進行中のこのユニークな生態保全プロジェクトについて、やさしく丁寧に解説していきます。蚊が鳥を救う?そんな逆転の発想が成果をもたらすことを期待して。

スポンサーリンク
目次

はじめに

ハワイの森に忍び寄る蚊の脅威

常夏の楽園として知られるハワイ。しかしその美しい森の奥で、いま静かに進行している問題があります。それは「蚊」の存在です。本来、ハワイには蚊はいませんでしたが、1800年代に外部から持ち込まれたことで、生態系に大きな影響を与え始めました。特に森の中に住む野生の鳥たちは、蚊を媒介とする「鳥類マラリア」という感染症に弱く、その結果、かつて50種以上いたと言われる森林鳥「ミツドリ(honeycreeper)」の多くが絶滅してしまいました。

近年では、気候変動により気温が上昇し、これまで蚊が生息できなかった標高の高い森にもその姿が見られるようになっています。つまり、鳥たちが最後の避難場所としていた涼しい高地でさえ、もはや安全ではなくなってきているのです。

絶滅寸前の鳥たちを守るための挑戦

こうした危機に対し、アメリカの保全団体「Birds, Not Mosquitoes(蚊ではなく鳥を)」は大胆な取り組みを始めました。それが「蚊を減らすために蚊を空からまく」という逆転の発想です。

驚くかもしれませんが、放たれているのは「ボルバキア菌」に感染した雄の蚊で、これらは繁殖できず、さらに血を吸わないため人間にも鳥にも害がありません。目的は、自然な形で蚊の数を減らすことなのです。

この活動には、山奥の人の立ち入りが難しい場所にまで届くよう、大型のドローンが使われています。すでにマウイ島やカウアイ島では4,000万匹以上の雄蚊が散布されたとされ、かつてないスケールで生態系を守る試みが進んでいます。

こうした取り組みは、「森を蚊から守る透明な壁をつくる」作業とも言われています。果たしてこの挑戦が、貴重な鳥たちの未来を守る鍵となるのか…。

1.プロジェクト「Birds, Not Mosquitoes」とは

生物保全団体による蚊の制御計画

「Birds, Not Mosquitoes(蚊ではなく鳥を)」は、2023年に始まったハワイ発の生態保護プロジェクトです。この計画を主導しているのは、複数の研究機関や保護団体が連携した生物保全グループで、目的はシンプルかつ大胆——「鳥を守るために蚊を減らす」ことです。

ハワイの森で暮らす固有の鳥たちは、蚊によって媒介される感染症「鳥類マラリア」に非常に弱く、これまでに多くの種が絶滅に追い込まれてきました。

そこで注目されたのが、ボルバキア菌という自然界に存在するバクテリアです。この菌に感染した雄の蚊は、たとえ雌と交尾しても子孫を残せません。つまり、繁殖ができず、蚊の数を自然に減らすことができるのです。

この方法は、殺虫剤や人為的な駆除とは異なり、生態系を乱さずに蚊の個体数を制御できる画期的なアプローチとして注目されています。

ドローンによる広範囲散布の実施

人が簡単に入れないような山岳地帯や密林地帯にも対応するために、このプロジェクトでは大型のドローンを導入しています。

ドローンには特別なカプセルが搭載されており、その中にボルバキア菌に感染した雄の蚊が入っています。そして、上空からこれらの蚊を広範囲にわたって空中に放出するという方法がとられています。

この方法のメリットは、短時間で広いエリアをカバーできること、そして環境への影響を最小限に抑えられることです。特にハワイのように自然保護区域が多い場所では、このような手段でしか到達できない地域が多く存在します。

これまでに散布された雄の蚊の数と範囲

プロジェクトの開始以来、これまでにマウイ島やカウアイ島を中心に、合計4,000万匹以上の雄の蚊が空から放たれてきました。単なる実験ではなく、すでに本格的なフィールド展開が進んでいるのです。

とくに近年では、温暖化の影響で蚊の活動範囲が標高の高いエリアにも広がりつつあることから、ドローンの飛行ルートもより高地に設定されています。

人の立ち入りが難しい深い森や山の斜面にまで、正確に蚊を届けることができるという点で、ドローンの存在は非常に重要です。

このようにして、蚊を使って蚊を減らすという前例のない方法が、いまハワイの豊かな自然を守るために静かに、しかし着実に進行しています。

2.鳥類マラリアと絶滅危機の現状

ハワイにおける蚊の流入と感染症の拡大

ハワイの生態系にとって、蚊は外来種です。もともと存在しなかった蚊が、19世紀初頭に捕鯨船や商船によって島に持ち込まれたとされています。その結果、蚊が媒介する「鳥類マラリア」という病気が広がり、ハワイに住む多くの鳥たちが命を落とすことになりました。

この感染症は、蚊が鳥の血を吸う際にウイルスを体内に入れ、次の鳥へと感染を広げるものです。

特にハワイ固有の鳥類は、この病気に対する免疫を持っておらず、蚊が広がるとともに急激に個体数を減らしていきました。つまり、人間の活動によって持ち込まれた小さな虫が、長年かけて築かれてきた島の生態系に大きなダメージを与えてしまったのです。

ミツドリの激減と生き残った種の背景

とりわけ深刻な影響を受けたのが、「ミツドリ(honeycreeper)」と呼ばれる森林性の鳥です。

かつてはハワイ全域に50種以上が生息していたと言われますが、鳥類マラリアの流行とともにその数は激減。現在では、わずか17種しか生き残っていません。

この17種のミツドリが生存できたのは、比較的涼しく、蚊が生きにくい高地に住んでいたためと考えられています。

例えば、標高1500メートルを超える森では蚊の発生が抑えられ、鳥たちは一時的に安全な避難所を確保できていたのです。しかし、この安全圏も長くは続かない可能性があります。

気候変動による高地への蚊の浸透リスク

近年、地球温暖化の影響により、ハワイでも気温が徐々に上昇しています。これにより、これまで蚊が生きられなかったような高地にも蚊の活動範囲が広がっているのです。

すでに一部の調査では、標高の高い森林地帯でも蚊の生息が確認されるようになってきました。

これは、まさに最後の砦だった高地の鳥たちにとって、深刻な脅威です。蚊が侵入すれば、免疫を持たない鳥たちは再び病に倒れる可能性があります。

生き残ってきた種までもが、温暖化の波に呑み込まれてしまう——そんな未来が現実のものとなりつつあるのです。

だからこそ、先に紹介したようなプロジェクトの取り組みがいま重要視されています。

高地の森を守ることは、ただ美しい自然を残すという意味だけではなく、絶滅の危機にある命をつなぐための、時間との戦いでもあるのです。

3.ボルバキア菌を使った生態学的アプローチ

ボルバキアに感染した雄の蚊の特性

「ボルバキア」とは、ごく自然に存在するバクテリアの一種で、昆虫の体内に寄生することが知られています。このボルバキア菌に感染した雄の蚊は、雌と交尾しても卵が孵化しなくなるという特徴があります。

つまり、子どもが生まれないのです。これは、繁殖を通じて蚊の数を自然に減らすことができる、非常にユニークで画期的な手段といえます。

さらに重要なのは、この雄の蚊が血を吸わないということ。私たちが「蚊に刺される」と感じるのは、雌の蚊が栄養源として血を必要とするためであり、雄の蚊は花の蜜などを食べて生きています。

そのため、放たれたボルバキア感染の雄は、人間や動物に対する直接的な害がなく、安全性の面でも大きな利点があります。

繁殖抑制による蚊の個体数削減戦略

このボルバキア感染の雄の蚊を大量に放つことによって、野生の蚊の繁殖を抑制し、蚊全体の個体数を徐々に減らしていこうというのが、現在の生態学的戦略です。

自然な交尾行動を利用するという点で、化学薬品に頼らず、生態系にやさしい方法とも言えるでしょう。

プロジェクトでは、これまでに4000万匹以上の感染雄蚊が散布されており、ドローンの力を借りて、人の手が届きにくい森林の奥深くまで蚊が届けられています。

こうした取り組みによって、蚊が鳥の生息地に広がるスピードを食い止める「見えない壁」を作り出そうとしているのです。

現時点での課題と今後の効果検証

ただし、この取り組みがすぐに結果を出すわけではありません。専門家たちは、「蚊の個体数を減らすまでには時間がかかる」とし、長期的な観察が必要であると語っています。

また、仮に蚊の数が減ったとしても、それが直接的に鳥の数を増やすことにつながるかどうかは、まだ未知数です。

たとえば、ある地域で蚊の発生が減ったにもかかわらず、鳥の個体数が増えなかった場合、他に原因がある可能性もあります。気候や餌の確保、外敵の存在など、自然界にはさまざまな要因が絡み合っています。

そのため、プロジェクトの成果を測るには、数年単位でのモニタリングと科学的な検証が必要です。

それでも、「やらないよりは、やってみる価値がある」との声は強く、ハワイの美しい森を守るため、そしてそこに生きる鳥たちの未来のために、この地道な挑戦はこれからも続けられていくのです。

懸念やリスク

❶ 感染した雌が混入するリスク

本来、放出されるのはボルバキア菌に感染した雄の蚊だけです。なぜなら、雄は血を吸わない上に、感染した雌と交尾しても卵は孵化しないためです。

しかし、

  • 生産・分離工程で雌が混入してしまう可能性
  • 感染した雌が環境中に広がることで、ボルバキアが自然界の蚊に広がる

といった懸念があります。これは、意図せぬ生態系の変化を招く可能性もあるため、非常に慎重な管理が必要です。

❷ 放たれた雄が野生の雄に競り負けるリスク

自然界の中では、交尾においても「競争」があります。もし放たれた雄の蚊が、

  • 野生の蚊より弱く
  • メスに選ばれにくい

となれば、思うように効果が出ず、プロジェクトの成果にもつながりにくくなります。

❸ 突然変異や遺伝的なズレによる影響

ボルバキア菌は、基本的には蚊の繁殖に悪影響を与える菌ですが、長期間にわたって環境中に存在すれば、

  • 自然の中で突然変異が起きる可能性
  • 何らかの形で感染した雌が卵を産むようになる可能性

など、予想外の展開になるリスクもゼロとは言えません。

❹ 生態系全体への予測不能な影響

蚊の数が大幅に減ると、蚊をエサにしていた

  • コウモリ
  • カエル
  • 一部の鳥類

などの食物連鎖にも影響が出る可能性があります。

このように、「ボルバキア蚊戦略」は非常に有望な技術でありながらも、
『長期的な視点での観察』『慎重なリスク管理』が求められる取り組みです。

ハワイの取り組みも、いまは小さなステップの繰り返しであり、科学者たちは常に「自然とのバランス」を見ながら対応しているという点が重要ですね。

日本の先進事例

日本が「昆虫を放して害虫や病原体を抑える」分野で先進国と呼ばれる主な例

取り組み概要成果・現在の状況
① ウリミバエ(メロンバエ)根絶事業〈沖縄県 1972-1993〉果実を壊滅的に食害するウリミバエにガンマ線で不妊化したオス約530 億匹を20年間にわたり航空機で散布。1993年10月、沖縄全域で根絶宣言。アジア初の大規模SIT(不妊虫放飼法)成功例として国際教科書にも掲載。
② ミカンコミバエ根絶事業〈奄美群島・小笠原諸島 1980年代〉ミカンやマンゴーを加害するミカンコミバエを不妊虫放飼+誘殺板航空散布で制圧。1986年に奄美群島、1987年に小笠原で「根絶確認」。現在も侵入警戒調査のみ。
③ アリモドキゾウムシ(サツマイモ害虫)の世界初SIT根絶〈久米島 2021-2022〉サツマイモ畑を全滅させる甲虫を不妊化して島内に集中放飼。甲虫類での根絶は世界初。2022年に防除完了を宣言。根絶後もモニタリングを継続中。
④ イモゾウムシ類へのSIT適用研究〈農研機構/NARO〉放射線で不妊化したイモゾウムシを放飼するため、移動分散や最適放飼密度をモデル化。実用化フェーズに入り、沖縄・鹿児島で区域試験を実施中。

ポイント

  • ①②は“農業害虫”に対する世界最大規模のSIT成功例で、国際原子力機関(IAEA)の教材でも日本モデルが引用されています。
  • ③では甲虫類で初めて「根絶」まで到達し、技術応用の幅を拡大しました。
  • ④のように、日本の研究機関はドローン散布や自動虫体選別など新技術も並行して開発しており、次世代SITの実証を進めています。

このように 「不妊化した虫を使って野生個体を抑える」SIT/IIT 分野で、日本は半世紀にわたる大規模フィールド実績と技術改良の蓄積がある ため、国際的にも先進国と評価されています。

まとめ

ハワイの美しい自然と、そこで暮らす貴重な鳥たちを守るために、前例のない取り組みが静かに進められています。外来種である蚊の拡大と、それによってもたらされる鳥類マラリアは、固有種の鳥たちを絶滅の淵へと追いやってきました。特に、標高の高い冷涼な場所に生き残っていたミツドリたちにとっても、気候変動による温暖化は命取りになりかねません。

こうした状況の中で立ち上がった「Birds, Not Mosquitoes」プロジェクトは、ドローンを活用し、ボルバキア菌に感染した雄の蚊を自然に放つという、生態系に優しい方法で蚊の個体数を抑えようとしています。血を吸わず繁殖もできない蚊を使ったこの戦略は、従来の殺虫剤とは異なり、長期的な視点で自然との共存をめざすものです。

効果が見えてくるまでには時間がかかりますが、「森を蚊から守る透明な壁を作る」というビジョンのもと、科学者や保護団体の努力が続けられています。小さな蚊のコントロールを通じて、大きな命をつなぐこの取り組み——その先には、またあの森にさえずりが戻る日が来ることを、私たちも静かに願いたいものです。

スポンサーリンク
よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

コメント

コメントする

CAPTCHA


目次