中国で公開された映画『731』が、公開直後から大きな話題となっています。
初日は70億円規模の興行収入を記録するなど華々しいスタートを切ったものの、その後SNSや口コミサイトでは「史実を無視している」「犠牲者への敬意がない」といった厳しい声が相次ぎました。
政治的な背景を背負ったプロパガンダ映画として注目された一方で、観客の期待を裏切る形となり、急速に客足が遠のいているのです。
本記事では、公開延期から上映に至る経緯、SNSでの反応、そして国際社会が注目する理由までをわかりやすく整理しました。
はじめに
映画「731」公開の背景
中国で公開された映画「731」は、旧日本軍の731部隊を題材にした作品です。
731部隊は戦時中に中国東北部で細菌兵器の開発や人体実験を行ったとされる組織で、その存在は歴史的に大きな論争を呼んできました。
今回の映画は、1931年の柳条湖事件から94年という節目の日に合わせて公開され、習近平政権が進める「抗日戦勝80周年」の関連行事の一環として注目を集めました。
さらに、黒竜江省をはじめとする地方の共産党委員会宣伝部が制作に関与しており、国家的なプロジェクトとしての色合いが濃い点も特徴です。
公開初日には3億4000万元(約70億円)の興行収入を記録し、一時は中国国内で大きな話題となりました。
酷評が相次ぐ理由とは
しかし、観客の反応は厳しいものでした。映画には、犠牲者の尊厳を欠いたとされる演出が多く盛り込まれ、SNS上では「並外れた駄作」「爆笑もの」といったコメントが相次いでいます。
例えば、収容所内でおいらん道中が行われるシーンや、ふんどし姿で鉢巻きを締めた人物の登場など、史実とかけ離れた描写が散見されました。
シリアスな題材にもかかわらず荒唐無稽な展開が続くため、「犠牲者を軽んじている」と憤る声があがり、映画口コミサイト「豆瓣」には低評価が殺到しました。
当初は期待されていた作品だけに、失望の声が一層強まっているのです。
1.中国での映画「731」公開
公開延期から上映に至る経緯
映画「731」は当初7月に公開される予定でしたが、政治的配慮や内容に関する検討のためか、9月18日へと延期されました。
この日は満州事変の発端となった柳条湖事件の日であり、公開日自体が大きな意味を持たせられたと考えられます。
公開延期の間にメディアで大々的に宣伝され、観客の期待はいやがうえにも高まりました。結果として、「国家的イベントの一部」として扱われることになったのです。
初日の興行収入と話題性
公開初日、映画は3億4000万元(約70億円)の興行収入を記録しました。この数字は、中国映画界においても注目に値する規模であり、ニュースとして広く取り上げられました。
劇場前には多くの人が詰めかけ、当日のSNSには「ついに公開された」と喜びを表す投稿も多く見られました。
ただし、その盛り上がりは長続きせず、週末以降は急速に客足が減少。公開から数日で「空席だらけ」という報告が出始め、観客動員数の落ち込みが鮮明になっていきました。
官製メディアによる評価と宣伝
官製メディアである「環球時報」などは、映画を「日本の侵略戦争の最暗部を見つめた作品」と評価し、「国や言語を超越した共感を呼ぶ」と絶賛しました。
また、習近平政権が進める「抗日戦勝80周年」記念事業との連動も強調され、中国全土で上映規模が広げられたのです。
しかし、こうした宣伝の一方で、観客の間では「プロパガンダ色が強すぎる」「現実味がない」という声が噴出しました。つまり、政府の後押しと観客の率直な評価との間には、大きな乖離があったのです。
2.観客とSNSの反応
「犠牲者への敬意がない」と批判される描写
映画「731」に対して特に強く指摘されたのは、犠牲者への敬意を欠いた演出でした。
収容所を舞台にした場面では、拷問や人体実験の残虐さを描く一方で、唐突に滑稽なシーンが挟まれる構成となっていました。
例えば、廊下でおいらん道中が繰り広げられる描写や、ふんどし姿に「必勝」と書かれた鉢巻きを巻いた人物の登場など、深刻なテーマとは不釣り合いな演出が観客の反感を買いました。
SNS上では「犠牲者を笑いものにしている」「歴史を消費しているだけだ」という声が相次ぎ、怒りをあらわにする投稿が目立ちました。
荒唐無稽な演出と史実無視の問題
観客からの不満の多くは、史実との乖離に集中していました。
史実では存在しなかった女性幹部兵士が登場したり、捕虜の脱走劇がアクション映画のように脚色されたりと、史実をベースにした作品としては不自然な要素が多かったのです。
そのため、「まるで韓国ドラマの『イカゲーム』のようだ」「ひと昔前の低予算抗日ドラマと同じ」といった揶揄も見られました。
こうした演出は、真実を知ろうと映画館を訪れた観客にとって期待外れであり、「歴史的な題材を娯楽に落とした」との批判を招く結果となりました。
豆瓣や猫眼専業版に寄せられた口コミ
中国の映画口コミサイト「豆瓣」では、映画「731」に対して低評価が相次ぎました。「爆笑もの」「並外れた駄作」といった痛烈なコメントが目立ち、星の平均点は急落。
さらに興行アプリ「猫眼専業版」でも、公開直後は高い関心を集めていたものの、数日後にはランキングが急落し、上映回ごとの観客数もわずか数人という状況が報告されています。
ある観客は「愛国心を利用した商業主義に過ぎない」と切り捨て、別の若い女性は「連休中に観るつもりだったけど評判が悪すぎて迷っている」とSNSに投稿していました。
これらの反応は、映画が期待値に見合わなかったことを如実に示していると言えるでしょう。
3.プロパガンダ映画としての位置付け
習近平政権の「抗日戦勝80周年」政策との関係
今年は中国で「抗日戦勝80周年」と位置づけられ、多くの記念行事や関連コンテンツが投入されています。映画「731」は、その文脈に沿って“歴史認識を共有させる装置”として配置されたと見るのが自然です。
公開日が柳条湖事件(1931年9月18日)に合わせられたのも象徴的で、学校や職場の集団鑑賞、ショート動画プラットフォームでの関連ハッシュタグの推奨など、オンライン・オフライン一体の露出強化が行われました。
こうした“記念の年×象徴的な日付×大規模露出”の三点セットは、中国の記念年プロジェクトで頻出するパターンであり、本作にも適用されたと言えます。
中国共産党宣伝部の制作協力
制作面では、舞台となる黒竜江省などの党委員会宣伝部が協力し、資料提供やロケ地手配、上映館の確保に至るまで、行政の後押しが働いたとされています。
結果として、公開初期のスクリーン数は潤沢に確保され、宣伝もテレビ・新聞・ポータルで一斉に展開されました。
一方で、こうした“政策ドリブン”の製作体制は、創作の自由度や考証の厳密さよりも、メッセージの伝達効率が優先されがちです。
映画内の荒唐無稽な演出や史実との齟齬が目立ったのは、制作委員会的な合議よりも“方針の明確さ”を重視した結果として説明できます。
日本や国際社会が注視する理由
日本や国際社会が本作に注目するのは、単なる“出来の良し悪し”ではなく、作品が国民感情や周辺外交に波紋を広げうるからです。
例えば、国慶節の大型連休や対日世論の動向と重なるタイミングでの公開は、旅行・交流・ビジネスにも間接的な影響を与えます。
また、731部隊は国際的に検証が続く歴史テーマであり、事実とフィクションの線引きが曖昧な表現は、研究・教育の現場で追加の説明コストを生みます。
ゆえに海外メディアや研究者は、興行推移や口コミの変化だけでなく、学校教材・SNS世論・外交発信への“二次的影響”まで含めてウォッチしているのです。

まとめ
映画「731」は、記念年・象徴的公開日・大規模露出という“国家プロジェクト型”の後押しで初動は大ヒットしました。
しかし、作品内の荒唐無稽な演出や史実との齟齬が、犠牲者への敬意を欠くとの強い反発を呼び、口コミの崩壊と客足の急落につながりました。官製メディアの称賛と観客の実感のあいだに大きな溝が生じ、プロパガンダ映画としての性格がむしろ可視化された格好です。
同時に、本作が扱う731部隊は、事実とフィクションの線引きが難しい歴史テーマです。
ヤフコメ等でも「反日プロパガンダは一時的には感情を煽るが、いずれ事実と意図が見抜かれる」「真実に近づくには調査と検証が必要」との指摘が目立ちました。国際的にも、映画が世論や外交へ及ぼす二次的影響が注視されます。
本件を報じる際は、①製作・公開の政治的文脈、②観客の具体的な不満点(演出・考証)、③興行推移の急変、④歴史検証への姿勢(一次資料・研究成果の参照)をセットで提示することが重要です。
感情に寄りかからず、記録と検証に基づく“批評と学び”へつなげることが、過度な対立を避けつつ歴史理解を深める最短経路と言えるでしょう。
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